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(通常の日記はこのエントリの下から始まります)

◆ 鎌倉「ヒグラシ文庫」での常設棚 ← 7月17日(日) ひさしぶりに大量追加 !!

 鎌倉の立ち飲み処「ヒグラシ文庫」店内で古本を委託販売しています。鎌倉・小町通りから
少し路地を入った雑居ビルの2階。鎌倉へお越しの際にはぜひお立ち寄り下さい。
  <ヒグラシ文庫> http://www.facebook.com/higurashibunko
   所在地:鎌倉市小町2-11-11 大谷ビル2F (JR鎌倉駅より徒歩4分)
   営業時間:16:00~23:30(原則 年中無休)
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# by t-mkM | 2016-12-31 23:59 | Trackback | Comments(0)

夏休み後半の読書

今年は、カレンダーの曜日並びや勤務先の休暇との関係で、夏休みを断続的に取れた。
で、その後半の夏休み。天気がイマイチで、勢い読書へと流れることが多かったため、その間に読んだ本について、まとめてメモしておくことにする。

パラパラとながめた程度の本もいれれば、それなりの本に目を通したけど、いつものように脈絡も無く選んだ本でもある。ということで?、印象に残ったのはつぎの3冊。

(1)『パノララ』柴崎友香(講談社、2015)
(2)『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』米原万理(角川文庫、2004)
(3)『パルチザン伝説』桐山襲(作品社、1984)

順序としては逆だけど、まず(3)から。
先ごろ、『テロルの伝説 桐山襲烈伝』陣野俊史(河出書房新社、2016)という本が出たことを知り、ちょっと興味を覚えたので、デビュー作ということで読んでみた。

このデビュー作、天皇暗殺を扱ったということもあり、右翼からの抗議を受けるなど、正式な出版まで紆余曲折があったようで、その辺の経緯も本に収録されている。ウィキペディアの「桐山襲(かさね)」の項目にも詳しくある。
内容はと言うと、70年代前半に「連続企業爆破事件」を起こしたグループの一人が、自らの出自に絡む過去を、兄に当てた手紙のなかで回想していく、というもの。
先の「太平洋戦争」と、60年代末の大学紛争とのつながりなど、意表をつくような展開もあり、読ませる。著者は92年に42歳で死去しているけど、ほかの作品もちょっと読んでみたい、と思わせる。

つづいて(2)。以下はアマゾンの内容紹介から。

一九六〇年、プラハ。小学生のマリはソビエト学校で個性的な友だちに囲まれていた。男の見極め方を教えてくれるギリシア人のリッツァ。嘘つきでもみなに愛されているルーマニア人のアーニャ。クラス1の優等生、ユーゴスラビア人のヤスミンカ。それから三十年、激動の東欧で音信が途絶えた三人を捜し当てたマリ は、少女時代には知り得なかった真実に出会う! 大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。

思い返せば、著者の作品をちゃんと読んだのは初めてか。べつに敬遠していたわけじゃないんだけど。
アマゾンのレビューを見ても、圧倒的な5つ星の数。いやもう、ノンフィクション賞を受賞したこともしごく納得の、一気読み必至の傑作である。

主人公をふくめ、登場する少女(少年)たちは皆、共産主義者で職業的な活動家を親に持つ子供たち。当時、世界各国の共産党、労働者党によって運営されていた、世界情勢を収集・分析する編集局がプラハにあり、そこに勤務していた党幹部の子弟の通う学校が、旧ソ連共産党が作ったソビエト学校というわけ。

生き生きと語られるソビエト学校での日々だけど、いまの視点からみても、当時のソビエト学校のなんと豊かで余裕のあったことか。(ま、その分、本国ソ連の状況は芳しくなかったのだろうが)そして、30年後の東欧の激動を経て再開した級友たちとの、懐かしくも苦い再開。著者が繰り返し自問自答しているように、共産主義とはなんだったのか、そして民族とは祖国とは何なのか、ハッキリとした思想が語られるわけでないけど、級友を訪ね歩く著者とともに、読み手も自問しながら進まざるを得ない。ナショナリズムを考えるうえでも、必読だと思う。

最後に(1)。これもアマゾンの内容紹介から。

二八歳の田中真紀子は、友人のイチローから誘われ、彼の家に間借りすることになった。その家は建て増しを重ねた奇妙な家で、コンクリート三階建ての本館、 黄色い木造の二階建て、鉄骨ガレージの三棟が無理やり接合されていた。真紀子はガレージの上にある赤い小屋に住むことに。イチロー父は全裸で現れるし、女優の母、無職の姉、モテ系女子の妹も一癖ある人ばかり。そんなある日、イチローは、自分はおなじ一日が二回繰り返されることがあると真紀子に打ち明けるのだった。芥川賞作家が放つ、新感覚パノラマワールド!

語り手は田中真紀子(それにしてもこの名前…)。
上にあるように、間借りしているイチロー一家もそうとうにヘンテコな家族だけど、真紀子自身も両親との間に(わりと不穏なる)葛藤を抱えている。そして、自身の思いを飲み込んでしまったりして、適切な時に適切なことをちゃんと話すのが苦手。
こんな真紀子から、間借り先のイチロー一家たちと出くわす、さまざまな出来事が語られるのだが、その語り口がとても軽妙でかつ新鮮で、読ませる。ハデな展開こそないものの、ページの先を繰らせていく不思議な推進力がある。

タイトルの『パノララ』とは、パノラマ写真のもじり。
いまどきのデジカメにはフツーに付いている機能らしいけど、パノラマ・モードにして撮影すると、構造上というか設計上の制約で、一部が歪んで写ったり、あるはずの被写体が欠けたりして写るらしい(使ったことがないので、よく分からないけど)。その欠落にちなんで?、後半に至って物語は思わぬ展開を見せる。この展開(というか展開し損ねているかの、そのシンドさの具合)がなかなか印象的。タイトルになるだけのことはある。

というわけで、とても面白く読んだのだが、アマゾンのレビューをみると不評のようで、レビュー数も少ない。どうやら、いくつかの謎が解決しておらず「?」で、オチも付いてなくて宙ぶらりんで終わっていることが、その理由らしい。
なんでだ?
べつにミステリーとして売っている小説でもないし、「芥川賞作家」だし、そもそもが種明かしまでは必要ないんじゃね? と思うのだが。

いずれにしても、著者の新境地である。ワタクシは支持したい。
読み終わって感じたけど、じつはコレ、映画にするとけっこう面白い作品になるのではないか。どこかで映像化してみてくれないだろうか。
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# by t-mkM | 2016-08-24 01:43 | Trackback | Comments(0)

松本へ行ってきた

由来はよく知らないけど、今年から8月11日が「山の日」という祝日に。おそらく、これからのお盆休みは曜日に関わらず、世間的には8月11日から、ということになるのだろう。

で、今年の夏休み。
その「山の日」とはまったく関係ないのだが、別の目的で穂高方面へ行った帰りに、松本へ寄って1泊してきた。じつにウン十年ぶりの松本。
松本と言えば「松本城」。なんだろうけど、いわゆる観光名所というところにあんまり興味が湧かないし、たぶん混んでいるだろうし、1泊だけだということもあり、松本城関連はスルー。

まずは今回泊まった「松本ホテル花月」の近くにあった由緒正しそうな酒屋「三代澤酒店」で、地ビールと "はしごマップ" を入手。ホテルでビール飲んで一息入れてから、町へと出かけた。

これまたホテル近くにあったパン屋「小松パン店」で、フランスパンやあんパンなど買い込む。あとで食べたけど、どれもウマい。外観も内装も昔からつづいている地元のパン屋さんという風情だけど、侮れない。地元に根付いて続いている店というのは、奥が深いとあらためて実感。
ひきつづき"はしごマップ"を片手に散策。
歩いていて気づくのは、松本には蔵が多い。観光客相手の店が建ち並ぶ、けっこう広い区域にも、蔵を改装したり、活かしたりした店があちこちにある。そんななか、観光客相手の区域から外れたところに「開運堂」という、東京周辺でいうと鎌倉にある鳩サブレで有名な豊島屋みたいな感じの老舗菓子屋がある。その本店にあったアイスクリーム・マシン。これが見ていて飽きない。通常も大盛も同じ値段で、それゆえ大盛用のカップがよく出ていくのだか、その日はカルピス・アイス。暑い中を散策した身には、おいしかった。

それから、事前に調べてきたジャズ喫茶(というかジャズ・バー)「エオンタ」が、ホテルのそばにあったので、こちらにも足を伸ばす。細い階段を上ると、通路の壁や天井には来店した内外のミュージシャンが書いたサインがあちこちに。扉を開けると、左手がスピーカー前のエリアで会話禁止、右手は会話OKと説明される。せっかくなので?左手のスピーカーの真ん前に陣取る。(たぶん)アルテックA7から流れてくる音はけっこうな音量なので、そもそも会話には不向きではある。時間が止まったかのような店内には、確実に歴史を感じさせるポスターなどがあちこちに。耳にした曲がまったくかからない選曲も、グッド。

エオンタを出ると、陽も落ちてそろそろ夜へとなる頃。
次に向かったのは、これも目星を付けていたメイン・バー・コート。
今回再訪するまで知らなかったけど、松本はバーの町として知られているのだとか。調べてみると、けっこうな数のバーがあるし、町を歩いていてもたしかにバーが各地に点在している。そのなかでも、老舗そうなところに入ってみた、というわけ。
地元の方とおぼしき3名の先客あり。こんな感じなのかな、と思っていたら、我々が入ってから観光客らしき方々がちらほらと入店し、ほどなくほぼ満席に。人気店だなぁ。とはいえ、本格派の正統バーであることには変わりなく、久しぶりにさまざまな洋酒を堪能。そして、常に気配りを忘れないチーフバーテンダーの丁寧な仕事ぶりが印象に残る。旬のフルーツを使ったカクテルが美味であった。

とても暑かったのではあるが、松本城に行かずともいろいろ面白いところが多かった松本。季節のほどよい時期に、もう一度来てみたい。

今回の旅行は青春18キップを使って往復したのだが、その道中、辺見庸が著書のなかで何度か言及していたこともあって気になっていた、こんな本を読んだ。(引用はアマゾンの内容紹介より)

『ペスト』カミュ/宮崎嶺雄訳(新潮文庫、1969)

アルジェリアのオラン市で、ある朝、医師のリウーは鼠の死体をいくつか発見する。ついで原因不明の熱病者が続出、ペストの発生である。外部と遮断された孤立状態のなかで、必死に「悪」と闘う市民たちの姿を年代記風に淡々と描くことで、人間性を蝕む「不条理」と直面した時に示される人間の諸相や、過ぎ去ったばかりの対ナチス闘争での体験を寓意的に描き込み圧倒的共感を呼んだ長編。

ウィキペディアには、「この作品は第二次世界大戦時のナチズムに対するフランス・レジスタンス運動のメタファーではないかということだ。」ともある。出てくるのは医者、判事、よそ者の新聞記者、司祭、神父、逃亡者、行き交う市民などなど、さまざまな人物による群像劇でもある。

出版は1947年。
対ナチスの記憶が生々しい時期に出たわけだから、まさしく上のような思いがこめられているのだろうけど、いま読むと、21世紀冒頭での「9.11」、そして東日本大震災および福島第一原発事故とその後の展開などが、どうしても想起され、それとの関係で小説も眺めてしまう。
日々積み上がっていくペストによる死者数。でも、ペストそれ自体は目には見えない。ペストが蔓延したオラン市は突如として隔離され、市外との交流が遮断されるのだが、いったい何から隔てられたのか? そして市民はそもそも何と闘っているのか?

べつに難しくはないけれど、決して読みやすい文章ではないし、軽快にページをめくるような展開もない。でも数十年経っていても、何某か響いてくるものがたしかにある。新訳で出ないかなぁ。
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# by t-mkM | 2016-08-17 01:31 | Trackback | Comments(0)

『シン・ゴジラ』観てきた

先日、『帰ってきたヒトラー』を劇場へ観に行ったとき、鳴り物入り?で宣伝されていたのが『シン・ゴジラ』。
ゴジラの本家本元である東宝シネマの、それもゴジラのいる歌舞伎町に行ったのだがら、あたりまえではあるんだけど、それにしても先月末の封切りからこっち、ネット界隈では「傑作!」とか「見るべし」といった感想が目につく。
とはいえ、これまでにゴジラ映画って、映画館で観たことがない。初代ゴジラなんてもちろん知らない。その昔、子供の頃にテレビで放映されたキングギドラやメカゴジラとゴジラの戦うヤツを見たくらいである。

しかし、今回のゴジラ、そんなにいいのか?
ということで、先週末に観に行ってきた。東宝シネマは日本橋へ。

で、どうだったか?

いやー、面白かった。
「ゴジラの出る映画」と思っていたら、冒頭から政府と官僚による会議シーンの連続。その情報量の凄いことにも驚かされるが、繰り広げられる政治ドラマ、というか行政によるパニック対応の場面が、いちいち「ありそう」で、忘れかけていた既視感が改めてチクチクと刺激される。そして、ゴジラの圧倒的ともいえる存在感。ここでもあの大震災が思い起こされるが、対する自衛隊による戦闘シーン?も本格的でマニアックなまでに描き込まれていたなぁ。(この辺りは受け付けない人もいるだろうけど)

いやまあ、たしかに傑作と言っていい映画だと思った。いろんな意味で相当にチカラの入った作品だし、正直、邦画でここまでやるなんて(やれるなんて)、スゲーなと感じた。登場する役者は300人を超えているそうだし、エンドロールの長いこと!

総監督は庵野秀明。
「エヴァンゲリオン」シリーズで有名な監督ではあるけど、ワタクシ、今まで「エヴァ」を観たことないし、そもそも庵野監督の映画を観たことがない(と思う)。
ネットを見ると、「エヴァの出ないエヴァだ」といったような感想とか、とにかく「エヴァンゲリオン」との関連で語られることが多い。まあ、仕方がないけど、こちらとしては「ふーん...」としか言いようがない。

でまあ、上映中の映画でもあるし、あまり詳しくは語れないけど、夏休みに子供を含む家族づれで行くような映画では、全然無いことだけは確かである。
そして、上でも書いたように、どうしたって5年前の「3.11」を、さらに言えば福島第一原発事故を、いやでも意識させる展開である。しかも、大いなるツッコミ所もあれこれとあって(石原さとみ!)、見終わって、映画の全編にわたって誰かに語りたくなる、語り合いたいと思わせる映画でもある。

ちなみにタイトルにある「シン」は、"新"であり、かつ"真"でもあり、また"神"でもあって、"震"でもあるだろうし、"信"ということもあるかも。

ということで、もう一度劇場に行くかも。
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# by t-mkM | 2016-08-10 01:19 | Trackback | Comments(0)

マニアックで面白かった2冊

ここ最近手に取った本のうち、小説以外で面白かったものをメモしておく。
まず1冊目。

『オーディオ風土記』田中伊佐資(DU BOOKS、2014)

月刊誌『ステレオ』で連載している「音の見える部屋」をもとに書籍化したもの。
ライターである著者が、全国各地のオーディオ・マニアのリスニング・ルーム(小屋の場合も)を訪ね歩く連載で、ときどき立ち読みしている。

登場するのは33名のマニア。
当たり前だが、誰一人として似たようなシステムがない。ハイエンドの製品やら、ビンテージと言われる名機たちがこれでもかと出てくるので、(著者には失礼だが)記事中の写真だけを見ていても飽きない。金額にして、6桁は当たり前、なかには7桁、部屋の改装まで含めればそれ以上か? という方も居られるように推測するが、それにしてもオーディオって金はかかるし、時間もかかる。スピーカー3段重ね(!)、なんていうあり得ないセッティングをされている方も1、2名いて、いやはやスゴイと思わされる。まあ、趣味っていうのは何であっても、そういった傾向にあるものでしょうが。

それにしても、こういう方々の家族は、いったいダンナの趣味をどう思っているのか?(登場するのは見事に男性ばかり)聞いてみたい気がする。まあ、なかには半ばそれが職業になっている方もいるけど。いずれにしろ、食い扶持を稼ぐ仕事のほかに毎日数時間も自身のオーディオ・システムに取っ組み合っていたら、家族団欒なんてのは無理だよなぁ、と思うのだが。
ガラリと変わって2冊目。

『浅草文芸ハンドブック』金井景子、ほか5名(勉誠出版、2016)

以下はアマゾンの内容紹介。

浅草らしさとは何か
数々の低迷と隆盛を経た浅草はどのように描かれてきたのか。
浅草を舞台とした小説や映画、演芸、浅草にゆかりのある人物を中心に、明治から現代までの浅草、あるいは東京の文化が形成される軌跡を辿る。
昔のものが消えても、苦境を乗り越え、新たなものが参入し、それが人を呼び寄せていく。
様々な文芸作品と100枚を超える写真から、〈かつての浅草〉と〈現在の浅草〉を結びつける!

取り上げられる作品には、江戸川乱歩『押し絵と旅する男』、川端康成『浅草紅団』といった著名なところから、堀辰雄「水族館」、高見順『東橋新誌』、また『にっぽんのお婆あちゃん』という映画から、半村良『小説 浅草案内』、ビートたけし『浅草キッド』といったものまで、19作品。
随所にはさまるコラムも興味深いし、「落語家・金原亭馬治さんと歩く浅草」なんていう案内も面白く読んだ。

この本に刺激され、紹介されている寺山修司「浅草放浪記」が収められている『花嫁化鳥』(中公文庫)も図書館で借りてみたりした。(この『花嫁化鳥』、オリジナルは日本交通公社の雑誌『旅』に連載されていたとか)

浅草に興味がある方はもちろんのこと、現在の"観光客いらっしゃい"とでもいうような浅草の変化をいぶかしく感じている人(ワタクシもその一人)にこそ、フィットする本ではないかと思う。それにしても、昨今の浅草の変貌ぶりたるや、そのスピードと規模、そしてその変化の行く先において、目を見張るほどだと思うのだが。
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# by t-mkM | 2016-08-05 01:29 | Trackback | Comments(0)

水族館劇場の東京報告会へ行ってきた

先週末、都知事選の前日であった7月30日(土)夜は、南青山へ。
水族館劇場が、5月に三重・芸濃町で行った公演に来られなかった東京のファンのために、と開催した「東京報告会」である。

30日は南青山のデザイン事務所、31日は目黒の古本屋が会場で、それぞれに内容は異なっている。参加した30日の内容はと言うと、以下、公式サイトのインフォメーションから。
http://suizokukangekijou.com/news/

まず舞台のダイジェスト版の上映。地元制作を担当した伊藤裕作さんをむかえ千代次と中原が、公演の意味を解く。つぎに博多から造形作家津田三朗さんが、トポスとしての仮設小屋論を。まとめに、さすらい姉妹の演出を担当する毛利嘉孝東京芸大准教授と、『地域アート 美学 制度 日本』を上梓した藤田直哉さんを迎え、編集者長瀬千雅の司会で桃山との鼎談が実現。現代美術の動向を参照しながら地域芝居の問題と可能性をあぶりだす。

18時に開演。
しかし、まだ外が明るいため、ダイジェストの上映は後にして、伊藤さん、千代次さん、中原さんの対談からスタート。今日のテーマでもある地域興しに関連して、千代次さんのいつもながら一本ビシッと芯の通った発言が、印象に残る。

つづいて今回の舞台のダイジェスト上映。じっさいの舞台におけるダイナミズムの片鱗はうかがえるものの、初めて見た人にはなんだか分からないだろうなぁ。今回の目玉?と思われる、池から竜が浮上するところなど、まったく竜だとは分からず。うーん、ちょっと残念。

そして津田さんの話。fishboneにも「特権的劇場論」と題した長文を書かれているためか、込み入った(と推測される)テーマをよどみなく話されることに、ちょっと驚かされる。披露されるエピソードの数々も興味深くて、津田さんのこれまでの仕事といまの立ち位置をあらためて認識させられた感じ。

クッションが敷いてあるとは言え、床に直座りなので、この辺ですでにケツが痛くて下半身が難儀だったけど、メインはここからという感じで、最後は桃山さん、藤田さん、毛利さんによる鼎談。
面白かったのは、SF・文芸評論家という肩書きで紹介された藤田さんの発言。83年生まれとのことだけど、中高生のときから68年的なあれこれに興味があったらしく、でも東京に出てきたら68年的なものはすでに無いことに気づかされたのだとか。その藤田さんが語る地域アート、町興し的なものに対するぶっちゃけトーク、それを受けて桃山さんが語る"なぜ自治体の助成を受けないか"など、これまで断片的に耳にしてきた水族館劇場のスタンスを、あらためて別角度から光を当てて語り直されたようで、面白かった。勢いで、藤田さんの出された『地域アート 美学 制度 日本』も買ってしまったくらい。

この東京報告会のチラシには、来年に「完全版 この世のような夢」を東京で公演、とあるけど、これから水族館劇場はどこへ進んでいくのか。楽しみである。
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# by t-mkM | 2016-08-04 01:41 | Trackback | Comments(0)

映画『帰ってきたヒトラー』+文庫版原作本 の感想

もうすぐロードショーが終わってしまうようなので、先日、ひさしぶりに映画館へ行った。新宿歌舞伎町のゴジラがへばりついてる東宝ビル。

見たのは、『帰ってきたヒトラー』。
公式webサイト:http://gaga.ne.jp/hitlerisback/

同タイトル原作の映画化。
じつは一年ほど前に単行本で読んだ。…なんだけど、現代に蘇った(タイムスリップしてきた)ヒトラーがあれよというまに"芸人"としてブレイクしていくさまや、かつてヒトラーの周囲に実在した人物をヒトラーが回想するシーンや、それらに関連するドイツ現代史的な部分にイマイチついていけず、それほどのれなかった記憶がある。

でも、映画を見終わって、今度は文庫版で原作をあらためて読んでみたのだけど、いや、面白い。
映画を見てからの方が、笑いのツボが確実になって、楽しめるように思えた。
とりわけ、文庫版にある、マライ・メントラインという通訳や翻訳の仕事をしている女性による解説が、原作を理解する上でとても参考になった。そして映画に関しても。

マライ・メントライン氏のツイッター
https://twitter.com/marei_de_pon

で、映画の方はいうと、これが笑える(ただし前半だけ)。
基本的なストーリー・ラインは原作通りではあるものの、TV局の番組製作にかろうじて関わっている青年とともに、ドイツ各地を車で巡り、人々と交流し会話を交わす。そこでのドタバタはまさに喜劇。じっさいに行き当たりバッタリのロケを敢行したようで、顔にモザイクがかかっていたり、目線を黒で消されている一般市民が頻出する。(映画を見たときは仕込みかと思ったけど、後で調べるとホントにゲリラ的撮影をしたようだ)ドキュメンタリーっぽくて、それ自体で笑えるのだが、ヒトラー激似の主人公が軍服着て現れても、人々は笑って迎える感じで、眉をひそめる人はごくわずか。
この辺からして、なかなか周到な映画なんである。

後半、原作とはやや異なるエピソードが加えられているけど、それが原作以上にブラックな感じで、映画前半では笑えていたヒトラーの言動のあれこれに、後半へと至るほどに笑えなくなっていき、ラストはその後の行方を暗示させるかのような、思わせぶりなところで終わる。
その一方、エンディングで流れる歌は、ドイツにおける昔のヒット曲なのか、ヒトラーへの批判を連呼するような歌で、なかなか味わい深い。

上でちょっと書いた、文庫版の原作では下巻に載っているマライ・メントライン氏の解説。
このなかで、現代にも通じる文章があるので、引いておく。

 注:ワタクシの補足↓
(ヒトラーの言動の根っこにあるのは)
「持たざる者」が、世界に対してどれだけ効果的に怨念を晴らせるか
という根本動機である。自覚・無自覚は問わない。「持たざる者」を「非リア充」に置き換えてもよい。そのように考えると、ヒトラーとナチスの物語が、そしてその基本ダイナミズムが、本質的にまったく過去の遺物などではないことが理解できる。だからこそ本書『帰ってきたヒトラー』は、現代社会にて異様な説得力を放つのではないだろうか。それは黒い光のようなものだ。

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# by t-mkM | 2016-08-02 01:16 | Trackback | Comments(0)

最近の収穫だったCD ジャズ・ボーカル篇

べつにそんなに音楽を聴いているわけじゃないし、(小声でしか言えないけど)CDだって図書館で借りて聴いているのがもっぱらな、そんな程度である。

でも、そんな具合でいろんなCDをあれやこれやと借りては聴いていると、それなりに「いいじゃん、これ」といったものに出会うこともある。で、たまたまだけど、ジャズ・ボーカルのCDでよいなと思えたCDを2枚、ここでメモしておく。

1枚目。
『スプリング・イズ・ヒア ~ロブスター・レコーディングス』キャロル・スローン
 紙ジャケ仕様(MUZAK、2014)

ライナーを読むと、70年代後期ころは日本でもジャズ・ボーカリストとしてけっこう有名だったようだけど、当方、ボーカル物は苦手なこともあり、これまで知らず…。
過去に出た2枚のLPをカップリングしているらしく、目一杯収録されている。
前半のメンバーは以下の通り。
 キャロル・スローン(vo)、ローランド・ハナ(p)、ジョージ・ムラーツ(b)
後半は日本人メンバーの演奏がバック。
 キャロル・スローン(vo)、吉田賢一(p)、成重幸紀(b)、野口迪生(ds)

そのまま聴いていてももちろんよいのだが、夜に明かりを落として聴いたりなんかすると、もっといい。録音がいいのか、音もリアルである。


2枚目。
『フォー・ワン・トゥ・ラブ』セシル・マクロリン・サルヴァント
(ビクターエンタテイメント、2015)

こちらは2013年に本格デビューした新人の2作目。
前作『ウーマンチャイルド』がグラミー賞にノミネートされたほか、アメリカのジャズ専門誌『ダウンビート』の年間ベスト・ジャズ・アルバムに選ばれたそうで、この賞でボーカルものが選定されたのは初めてなんだとか。

という華々しいデビューを飾ったらしいのだが、ワタクシ、そういったことは全く知らずにこの2作目を手に取った。まず、ジャケット。デフォルメされた顔のラフ・スケッチのような絵とともに、赤と黒のコントラストが目をひく。ライナーによればアートワークもご本人によるものだそうで、なかなかである。

自作曲が5曲入っていることもあり、キャロル・スローンと比べるといかにも現代的?な感じがするけど、収録されている他の曲も(なじみが無いこともあってか)新鮮に聞こえる。そして、バックのピアノ・トリオの演奏もちょっと印象的で、耳に残る。
ぜひとも前作を聴いてみたくなる。
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# by t-mkM | 2016-07-29 01:14 | Trackback | Comments(0)