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(通常の日記はこのエントリの下から始まります)
■「ふるほん・めぐり市」開催中 ←終了しました! リコシェさんに声をかけていただき、昨年夏につづいて2度目の参加です。1月末までのロングラン古本市。お誘い合わせてご来場ください。 会場:オーガニックフード&和カフェ「めぐり」 http://www.holoholo.co.jp/index.html 場所:台東区上野1-20-11 鈴乃屋本店2階(上野松坂屋向かい) 開催期間:1月2日(祝・月)~1月29日(日) 営業時間:10:00~20:00 (最終日10:00~17:00まで) 参加店:めぐり堂、石英書房、有古堂、トマソン社、眺花亭、東京セドリーヌ、 RAINBOWBOOKS、モンガ堂、古本T ■鎌倉「ヒグラシ文庫」で古本Tの常設棚 鎌倉の立ち飲み処「ヒグラシ文庫」店内で古本を委託販売しています。場所は鎌倉・小町通りから少し路地を入っていった、雑居ビルの2階。鎌倉へお越しの際にはぜひお立ち寄りを。 <ヒグラシ文庫> 鎌倉市小町2-11-11 大谷ビル2F 16:00~23:30(原則 年中無休) JR鎌倉駅より徒歩4分 http://www.facebook.com/higurashibunko このところ、あまり本のことを書いてない。
どうも、まとまって本を読む気持ちと時間とを持てないでいるのだけど、ひさしぶりに、備忘録的にでも書いてみることにする。なお、以下で取りあげる3冊、まったく関連はない。 『ドグラ・マグラ』夢野久作(ハヤカワ・ポケミス) ![]() いきなり「日本三大奇書」の一冊とも言われる本書をもってくるのには理由がある。 昨年行われた水族館劇場の公演、そして年末年始の「さすらい姉妹 寄せ場興行」での芝居、いずれでも「ドグラ・マグラの迷宮」というセリフがあって耳に残っており、そのせいもあって、これまで読まずに来たこの奇書を手にとったというワケである。 かなり長いので、端折った部分もあるけど、たしかに聞きしに勝るヘンテコリンな小説。「読むと発狂する」と言われるのもあながち誇張ではない、と感じられるほどに、いま読んでいる文章の視点や地点がしだいに不鮮明になっていく。物語の入れ子構造が3重・4重にはりめぐらされ、時空はあちこちへと飛び、読んでいると迷宮をさまようがごとく。奇書であり稀書。 ちなみに、これから水族館劇場の公演を見る人は、一通り目を通しておくとさらに芝居を楽しめる、かも。 水族館劇場2012初夏博多遠征プレ公演 「機械仕掛けの糸姫」 http://suizokukangekijou.com/news/ 『みる わかる 伝える』畑村洋太郎(講談社文庫) ![]() 「失敗学」を提唱し、現在、福島原発事故に関する政府の「事故調査・検証委員会」で委員長をつとめる著者が、2008年に出した本の文庫落ち。 「みる」「わかる」「伝える」の3部構成で、それぞれのキモを著者独自の観点からイラストも交えて解説する。おわりにで「トラブルの多くは、情報や知識、感情の伝達がうまくいかないことによって起こっている」とあるとおり、トラブルをさけるべく、いかに「学び」「伝える」のか、その具体を伝授する内容。 ただ個人的には、本書の内容そのものよりも随所にはさまれる「おまけの話」のほうが、身近な事例が多くて参考になったように感じられたな。 『夢を見るために 毎朝僕は目覚めるのです』村上春樹インタビュー集 1997−2009(文藝春秋) ![]() 以前から、村上春樹は国内での露出はあまりない一方で、海外ではそれなりにメディアにも出てインタビューなども受けている、と言われてきた。しかし、これまで海外でのインタビュー記事などを目にする機会は、フツーの読者にはほぼなかったように思うので、そういう意味では得難い本ではある。でもこの本を見ると、国内でも海外と同じように、定期的にインタビューに応えているようだ。 本書をザッと読んだ感じでは、国内でのインタビューは個々の小説を取りあげた文芸誌におけるものがほとんどで、海外では生活スタイルなどにも言及したものが多いような印象を受けた。 なかでも、本書の最後におかれた古川日出男によるインタビューが、国内的な村上春樹の立ち位置についてふり返るような質問をしていて、なおかつ作家という同業からの視点もあって、面白かった。いまでこそ"大御所"だけど、90年代半ばごろは書評委員などの間ではずいぶんと評判が悪かったらしい。もはやそんな悪評はメディアのどこにも無いような感じではあるけど。 上野の松坂屋向いにあります鈴乃屋2階のオーガニック・カフェ「めぐり」で開催されていた古本市、「ふるほん・めぐり市」は29日(日)17時で終了しました。
会期中、ご来場いただいた方々、またお買い上げ下さった皆さま、どうもありがとうございました。 昨日、精算と撤収のために17時半ころにめぐりへ行くと、すでに出店していた皆さんが撤収に入っていた。片づけ終わり、来ていた出店者の方々とめぐりさん、リコシェさんとともに、コーヒーをいただく。以前にめぐりで行われた古本市の状況から、「これは!」と思って出したジャンルの本が意外と売れなかったり、などなど、今回参加した感想が出されたり。わが古本Tも、途中はいまひとつだったりしたので、どうなることかと思っていたけど、終わってみればそこそこの結果となったようである。 会場を提供していただいためぐりさん、そして今回も声をかけてくださった主催のリコシェさんに、あらためて感謝です。 前日の土曜日は、例によって午後から神保町へ。 いつもの場所をまわっては見るものの、いまひとつめぼしいものがなく、購入に至らず。結局、ひとつの店で買い込むことに。途中、ディスク・ユニオン神保町店をみると、店頭でCDとともに『ミュージック・マガジン』のバックナンバーが1冊100円で放出されていた。最近では見かけなくなった『ニュー・ミュージック・マガジン』のころのもの(70年代後半)も数冊あったので、面白そうなものを購入した。 でも、『ミュージック・マガジン』がまとめて放出されているを見かけたのは、これが初めてかも。そういえば同じ箱に『ミュージック・マガジン』別冊である『季刊ノイズ』も、同じく100円で10冊ほど出ていたな。 昨年とあるイベントの際、酔ったいきおいにまかせて企画し、進めてきた北九州行き。ようやく今週の前半、3泊4日で実現した。
北九州へ行くのはワタクシもK(かんから)もはじめて。 ときおり雪が舞うような寒ーい日がつづいたものの、結局傘をさしたのは1日だけ。東京では積雪があったようだけど、小倉周辺ではそこまでの雪はふらず、なんとかもってくれて助かった。 あちこちでいろいろと見て、飲んでまわったけど、まずは本関連ということで2つほど。 まずは、北九州市役所や小倉城、庭園のある観光スポットの一角にある「松本清張記念館」。 http://www.kid.ne.jp/seicho/html/index.html 館内に入ると、まず全著作の表紙が壁のごとく並べられたさまに目を奪われる。次いで22メートルにもおよぶという、松本清張の生涯を紹介する年表がドーンとあって、2階には東京から移築したという松本清張の自宅が。しかも、応接間などのほか、書斎や書庫がきわめて微細な部分までリアルに再現されているのには驚かされた。ジャンル分けした本の並べ方はもちろんのこと、紙袋に詰めた資料の無造作な詰め込みぐあいまで、いまにも清張がドアを開けて書斎にふらっと入ってきそうに感じられるくらい。 また、今回の旅でお世話になったM画伯も強く勧めていた「推理劇場 日本の黒い霧」は、80分のドキュメンタリー映像。これがかなり充実していて、米軍占領下の小倉で起きた黒人兵集団脱走事件など、今まで知らなかった現代史の影の部分はちょっと衝撃的。 入口付近のカンバン?にあった「全力で駆け抜けた巨人 松本清張」というコピーに負けないくらい、記念館側の情熱が感じられ、作家・松本清張にとどまらない人間・松本清張へ迫ろうという意気込みが伝わってきた。 そして旅の3日目。 M画伯の運転するクルマに乗って、北九州市から少し南下したところに位置する田川市にある「石炭・歴史博物館」へ。 http://www.joho.tagawa.fukuoka.jp/sekitan/ ユネスコの世界記憶遺産に登録された山本作兵衛の展示もあって来館者が増えているようで、この「山本作兵衛コレクション展」も当初の予定を大幅に延長して3月11日までの開催となっていた。おかげで我々も展示を見られたわけだけど、原画の光による劣化をかなり心配している様子で、会場内の照明をけっこう落としてあったのがちょっと残念。 それでも博物館の常設展示では、炭鉱の歴史から実際に使われていた大型の機材などもけっこう展示されていて、また明治時代から昭和初期にかけての炭鉱住宅が年代別に再現されていたり、最盛期にはかなりたくさんあった映画館、それに町の合唱団のこと(映画「ブラス!」みたいだ)や、労働組合の機関誌から職制の資料まで揃っていて、見応えがあった。 つぎに向かったのは、宗像市にある「古本アクス」。 参考→http://mytown.asahi.com/fukuoka/news.php?k_id=41001001107020001 店主の上野さんは、この筑豊で作家活動を続けた上野英信の息子さんで、エッセイなどの著書も出されている方。店内は古本屋らしく、ところ狭しと本や雑誌が並べられ、積んである。炭鉱関連の本はもちろんのこと、上野英信はじめいっしょにサークル村で活動していた森崎和江や谷川雁らの著作のならぶ棚も(店主は「主義者コーナー」と呼んでいた)。 ここでは上野英信がやっていた筑豊文庫のことなど、いろいろな話しを聞かせていただき、炭鉱で実際に使われていたヘルメットやツルハシといった道具も手にとって見せてもらった。店主の上野さんから「どうぞどうぞ」とすすめられるままに、M画伯ほか同行した皆さんで代わる代わるヘルメットかぶりツルハシもって記念撮影。皆さんから「似合うねぇー」と言われた自分って…。 最後には、かなり貴重な資料を惜しげもなく見せてもらい、また上野英信の著作のなかでも滅多に見かけないという本も購入でき、狭い店内ではあったけど、かなり充実した時間を過ごしたのだった。 (北九州行きの日記は断続的につづく予定)
先日ネットをチェックしていたら、松浦寿輝氏が定年を数年残して東京大学を辞めること、その退官を記念した講演会が16日(月)17時から東大の本郷キャンパスで行われることを知った。
だいぶ前だけど、松浦氏の『半島』という小説を読んで、夢とも現実ともつかないような出来事にとまどいつつ、出会う人々に翻弄される中年男の描写に惹きつけられた。以来、松浦氏の小説をポツポツと読んできたこともあって、大学を去るにあたりどんなことを話すのだろうかと、行ってみた。 ![]() 開始時刻の17時直前に会場の教室へ行ったら、すでに立ち見の人もいるほどの盛況。 しかたなく階段を上がっていく途中、声をかけられた。見れば羽鳥さんと羽鳥書店の方々で、遅ればせながら新年のご挨拶。なんとか階段教室いちばん上に出されたイスを確保できたけど、入口からは次々と人が入ってくる。 「波打ち際に生きる ーー 研究と創作のはざまで」と題されたこの講演会、同じ大学の同僚で、友人でもある文学部の沼野充義氏が計画されたそうで、当日は司会も務めていた。 ちなみに「退官記念講演ではあるげ、これが最終講義ではない」とのことなので、これからも講演会などはあるのかもしれない。 沼野氏による紹介のあと、松浦氏が登檀して講演が始まる。 思っていたより体格の大きい方だったけど、その反面?声や話しぶりのやわらかさが印象的。文学新人賞の選評などを読んで、もっと硬質でズバズバ話す人という先入観を持っていたけれど、ちょっと意外な感じ。 講演では、まず「波打ち際とは、心もとなさ、いとおしさ、荒々しさという三つの側面がある」という指摘からはじまり、それら三つの側面を行きつ戻りつしつつ、ヴァージニア・ウルフ「波」やポール・ヴァレリー「人と貝殻」などの引用・朗読も交えて、ロラン・バルト、折口信夫、ミシェル・フーコー、さらにはヒッチコック、萩原朔太郎、ゴダールまで引きながら、そういった先人たちの言動に"波打ち際"を読み取っていく。 また少年時代、夏休みによく行った房総の海辺で、波で足下の砂が崩れてたり、波につれさられるような心もとなさを感じたことが自分自身の出発点だった、といったエピソードも。 さらに波打ち際とは、単なる場所というだけでなく、 (1)不安定・不確定、あわいの場 (2)人間が海に向かって露出される(=危険な場)<--> 後背地(=安全な場) (3)予感・おそれ・誘惑の場、他者がやってくるかもしれない場 といった視点も取り入れながら、これまでの著作の内容などもふり返っていく。現在の地点へたどりつくまでの、身体的、精神的、思想的な旅の道程を聴いているかのような講演だった。 講演の終わりでは、昨年3月11日の大震災と津波のことにもふれ、波打ち際の"非人間的な暴力性"に衝撃を受けたと、当時の心境を語っていた。 今後、講演で語られたような作家としての遍歴や現在の心情とがどういった文章となって発表されてくるのか、いまから楽しみだ。 15日の日曜日、Iさんに声をかけていただき、本関連の知り合いといっしょに聴いた。
会場であるPARCO劇場も、「志の輔らくご」も、これが初めて。 以前から「志の輔らくご」の評判というか、面白いというウワサは聞いていたけど、落語としてはもちろんのこと、劇場という舞台装置も活用した"語りの芸"とでも言えばいいかのか、その面白さをぞんぶんに堪能した約2時間40分ほど。すごいね、立川志の輔という人は。 正月早々の公演のせいか、会場入口のロビーには樽酒が積んであり、テレビなどでよく見たり聞いたりする著名人からの花やお祝いがあちこちに目につく。いやまあ、華やかなこと。 休日なので15時からのマチネ。演目は3つ。 落語だから前座でも出るのかと思いきや、最初から志の輔本人が出てくる。いわく、この「志の輔らくご」は一人で前座・二つ目・真打とやってるようなもの、ということらしい。ブログなどを検索して書かれた感想を見ると、どうやら演目は固定されているようで、最初は「タイムトラブル」、つづいて「メルシーひなまつり」、休憩をはさんで最後は古典落語の「紺屋高尾」。 「タイムトラブル」の後半の演出も目をひいたけど、「メルシーひなまつり」でのラスト、暗転した後で舞台後方にライトが当たったときには驚いた。それまでの話しの流れで頭のなかにイメージされてきたヒナ段飾りそのままが、とつぜん目の前に現れたのだから。この趣向にはビックリ。斬新。 けれども考えてみると、ここに至るまでの話術によって観客の頭の中にどれだけ具体的なイメージを喚起させるのか、そしてそのイメージどおりのものをいかに出現させるのか、それがトータルで問われる、けっこう高度(というかリスキー)な出し物なのではないか。 最後の「紺屋高尾」。 じつは談志をナマで聴いた最初で最後の噺が、この「紺屋高尾」。終演後のカーテンコール?で披露されたエピソードによれば、「紺屋高尾」は談志が好きだったネタの一つで、志の輔が二つ目になった最初に稽古をつけてもらった大ネタが、この「紺屋高尾」だったとか。 定番の江戸噺ではある。志の輔の話しぶりは、高尾太夫に会いたいがために3年で15両という大金を溜め、一晩で散財する、そういった奉公人の無謀なる決意を親方など周りが止めずに、むしろ後押しするような場面を丁寧に描いていたような印象をもった。 冒頭のタイムトラブルのマクラで話された「科学者たちが作ると言って実現させてきたモノたち」や、紺屋高尾での思いをとげる奉公人…、こうして並べると、今回の演目では希望とか意志というのが通底するテーマだったか。 志の輔の話術にたっぷり浸った3時間弱。チケットをゆずってくれたIさんに感謝。 あー楽しかった。 今朝、太陽もだいぶ高くなったころ、コーヒー飲みながらいつものように新聞をパラパラめくっていたら、読書欄にエンテツさん(遠藤哲夫さん)が。
昨年9月に出た『大衆食堂パラダイス!』(ちくま文庫)のことにからんだ、「この本この人」という東京新聞の読書欄の記事。「普通にうまい」という言い方に対する記者の疑問に、そう言いはじめたのはオレかもしれない、と受けて記事は始まっている。 ![]() この『大衆食堂パラダイス!』は、前著を受けての「望郷編」ともいう位置づけらしい。 新刊で平積みされていたころ、すぐに買って読んだのだが、いまは消えてしまった上野駅地下にあった大衆食堂のことが書かれていたのを思い出したりした。そう、地方の大学から進学のため東京に出てきた90年代初頭、いまやすっかりキレイになった上野駅からは想像もつかないが、当時、まだ戦後を濃厚に引きずっているかのような店が、地下の一角にはあったのだ。そういえば聚楽もなくなってしまったし。 エンテツさんいわく、大衆食堂についてまだまだ書きたいことがあるとのこと。できるなら、あまり間を置かずに、この本の続編を読んでみたいなぁ。 エンテツさん関連でもうひとつ。 いま出ている『本の雑誌』2月号にも文章が掲載されていて、表紙には「遠藤哲夫がめしと活字の関係に迫る」とある。発売中の雑誌なので、くわしくは読んでもらうしかないけれど、一読、そう、なんとなく分かるかなぁ、その感じ。 この、めしと活字の関係も、もっと突っ込んでもらいたいと思うのであった。
トップのエントリを、古本Tの活動などを告知するスペースとしてみました。
このほか、サイドバーのリンクなども順次、見直して整理し、スキンも変更する予定です。
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