松浦寿輝 退官記念講演「波打ち際に生きる」を聴いた

先日ネットをチェックしていたら、松浦寿輝氏が定年を数年残して東京大学を辞めること、その退官を記念した講演会が16日(月)17時から東大の本郷キャンパスで行われることを知った。

だいぶ前だけど、松浦氏の『半島』という小説を読んで、夢とも現実ともつかないような出来事にとまどいつつ、出会う人々に翻弄される中年男の描写に惹きつけられた。以来、松浦氏の小説をポツポツと読んできたこともあって、大学を去るにあたりどんなことを話すのだろうかと、行ってみた。


開始時刻の17時直前に会場の教室へ行ったら、すでに立ち見の人もいるほどの盛況。
しかたなく階段を上がっていく途中、声をかけられた。見れば羽鳥さんと羽鳥書店の方々で、遅ればせながら新年のご挨拶。なんとか階段教室いちばん上に出されたイスを確保できたけど、入口からは次々と人が入ってくる。

「波打ち際に生きる ーー 研究と創作のはざまで」と題されたこの講演会、同じ大学の同僚で、友人でもある文学部の沼野充義氏が計画されたそうで、当日は司会も務めていた。
ちなみに「退官記念講演ではあるげ、これが最終講義ではない」とのことなので、これからも講演会などはあるのかもしれない。

沼野氏による紹介のあと、松浦氏が登檀して講演が始まる。
思っていたより体格の大きい方だったけど、その反面?声や話しぶりのやわらかさが印象的。文学新人賞の選評などを読んで、もっと硬質でズバズバ話す人という先入観を持っていたけれど、ちょっと意外な感じ。

講演では、まず「波打ち際とは、心もとなさ、いとおしさ、荒々しさという三つの側面がある」という指摘からはじまり、それら三つの側面を行きつ戻りつしつつ、ヴァージニア・ウルフ「波」やポール・ヴァレリー「人と貝殻」などの引用・朗読も交えて、ロラン・バルト、折口信夫、ミシェル・フーコー、さらにはヒッチコック、萩原朔太郎、ゴダールまで引きながら、そういった先人たちの言動に"波打ち際"を読み取っていく。
また少年時代、夏休みによく行った房総の海辺で、波で足下の砂が崩れてたり、波につれさられるような心もとなさを感じたことが自分自身の出発点だった、といったエピソードも。
さらに波打ち際とは、単なる場所というだけでなく、
(1)不安定・不確定、あわいの場
(2)人間が海に向かって露出される(=危険な場)<--> 後背地(=安全な場)
(3)予感・おそれ・誘惑の場、他者がやってくるかもしれない場
といった視点も取り入れながら、これまでの著作の内容などもふり返っていく。現在の地点へたどりつくまでの、身体的、精神的、思想的な旅の道程を聴いているかのような講演だった。

講演の終わりでは、昨年3月11日の大震災と津波のことにもふれ、波打ち際の"非人間的な暴力性"に衝撃を受けたと、当時の心境を語っていた。
今後、講演で語られたような作家としての遍歴や現在の心情とがどういった文章となって発表されてくるのか、いまから楽しみだ。
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by t-mkM | 2012-01-19 00:42 | Trackback | Comments(0)
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