丘沢訳の『ツァラトゥストラ』

佐々木中『この日々を歌い交わす アナレクタ2』を読んでいると、最近目にする『超訳・ニーチェ』?といった類の本を「ニーチェからの搾取だ!」とコテンパンに批判している。ようするに、超訳なんてのはニセモノ、まがい物であって、元の文章それ自体を読む方がはるかによいし、よく分かる、と。

そんなこともあり、これまでニーチェって、まともに読んだことはなかったのだが、この機会に手を伸ばすことにした。あまたある著作のなかでも、ここはニーチェ自身が「人類への最大の贈り物」と自負したという『ツァラトゥストラ』。
ニーチェの翻訳は、それはもう新旧いろいろと出ているけど、この『ツァラトゥストラ』もそうである。見わたすと、光文社の古典新訳文庫から丘沢静也の訳による『ツァラトゥストラ』が出てたので、こちらを読んでみた。
丘沢氏はドイツ文学者で大学の先生。以前、『マンネリズムのすすめ』平凡社新書という本をたいへんおもしろく読んでから(もう13年も前だ)、ちょっと気になる書き手の一人である。


訳書は上・下にわかれている。上巻の巻末にある「訳者あとがき」をぱらぱらと見て「おもしろそう」と感じたのが、丘沢訳のニーチェを読んでみようというきっかけ。

ドイツ文学者とはいえ、丘沢氏はとくにニーチェのファンだったわけではなく、大学1年のころに読んで波長が合わず、そのままだったとか。
丘沢氏は中年になるまで運動なんてしなかったようなのだが、「ところが中年になって、ひょんなきっかけで運動するようになり、からだの喜びに目覚めた。そんなときドイツ語で、『ツァラトゥストラ』をパラパラながめて、気に入った。派手なおしゃべりのなかに、日常生活に深い愛や理解が感じられる。いくつかの文章に膝を打った。」(p312より引用)


読めばわかるけど、これは『マンネリズムのすすめ』にも通じるスタンス。こういったセンスで『ツァラトゥストラ』を訳出したそうだ。

ニーチェというと、苦虫をかみつぶしたようなしかめっ面で部屋にこもってウンウンと文章を書きながら狂い死にしちゃった人、といったようなイメージがあるけれど(かなり誇張しているが...)、どうやら違うらしい。読んでみると、たしかに違う。

 そんなお説教よりも、兄弟よ、健康なからだの声を聞いたほうがいい。連中の声よりは、誠実で純粋な声だぞ。
 連中よりも誠実に、連中よりも純粋にしゃべるのが、健康なからだなのだ。完全で、実直なからだなのだ。そういうからだが、この地上の意味についてしゃべるのだ。
(「向こうの世界を説く者について」より p62:ちなみに原文では、上記の「からだ」の語句にはすべて傍点がふられています)

引き続き、「下」のほうも読んでみるつもり。
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by t-mkM | 2012-03-07 00:48 | Trackback | Comments(0)
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