田中慎弥のエッセイ集

今年はじめにあった芥川賞の受賞会見で、「もらっといてやる」云々の発言で物議をかもした田中慎弥の初エッセイ集。ずっと下関在住の作家だからなのか、メジャーどころの出版社ではなく、福岡の新聞社から出ている。

 『これからもそうだ。』田中慎弥(西日本新聞社)


どれも短くて気軽に読める文章が並んでいるけど、もの言いはけっこう率直というか、飾らずにストレート。昔ながらの、いかにも作家という感じをにじませながらも、いまどきの三十台っぽいところもちらほらと。
「小さな旗」と題された、初出が朝日新聞山口県版の連載コラムから、いくつか目にとまったところをピックアップしてみる。

 他人事ではないが他人事。実際の犯罪被害者を本当に気の毒だとは思っても、自分や自分の家族にとってみれば最終的には直接関係ない出来事。関係のない人間同士が、今月始まる裁判員制度のもとで関係することになる。裁判員は他人事である事実に、他人事ではないという感覚で向き合うことになる。
(p147)

加藤被告(注:秋葉原の無差別殺傷事件の犯人)は働いていた。働く意志があった。私は高校卒業後十年以上、働く気もなくぶらぶらしていた。人間としてどちらが真面目か。私が生き延びる道はそこにしかなさそうだ。不真面目であること、ただしこれは私の話。誰にでも当てはまるわけではない。
(p149)

 自分が一票を投じても何も変わらないから投票に行かない、という人は逆に、政治に期待し過ぎているのではないか。もし一票で何かが変わってくれるなら投票へ行く、ということなのだろう。私は変わっても変わらなくても投票に行く。政治に期待していないからだ。公務員でも会社員でもないから一定の集団の利益といったことも考えない。公共の利益とか国民の生命財産という言葉、そしてこの言葉を使う政治家とマスコミが苦手だ。
(p152)

…自治体単位、業界単位で、さあ街おこし、というのはずいぶんのんびりした、なんの危機感も持っていない人間の考え方でしかない。生きるというのは毎日が命がけだということだ。明日死ぬかもしれないから今日を生きている。街や地域にかかずらう暇はない。好き勝手に生きる人間たちが、結果として土地を作る。
(p156)

などなど。
この人の小説はまったく読んだことがないけれど、こうしたさばさばとした書きぶりには興味を覚える。

ちなみに、本書の装幀は有山さんで、カバーと本文中の絵は牧野さんによるもの。本書の前半をしめているのが版元である西日本新聞に連載された福岡県の各地をめぐった紀行文。つづいて牧野さんの絵が差し挟まれる。この牧野さんの絵、北九州あたりを巡って著者がつづった風景を、抽象的に描いたのものかな? といった印象を受けた。
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by t-mkM | 2012-07-06 01:06 | Trackback | Comments(0)
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