『東京ヴィレッジ』の薄気味悪さ

このところ、近所の図書館に行ってみても、読む本、というか読みたい本と思える本が見当たらないのである。
万巻の書を読破!なんていうつもりは毛頭ないんだけれど、そして「まあ、なんでもいいか」とも思うのだが、いまひとつ手が伸びない。それとも、これも老化現象か?
まあ、選り好みしているだけではあるのだけど、そんな中で、こちらが目についたので、借り出して読んでみた。

『東京ヴィレッジ』明野照葉(光文社文庫、2014)
松倉明里は玩具メーカー勤務の三十三歳。社内では大リストラの噂が飛び交い、交際七年になる恋人との将来も不透明だ。そんなとき、青梅市にある実家でも厄介なできごとが。正体不明の夫婦が入り込み、何ヵ月も我が物顔で暮らしているという。両親や姉夫婦は何をしているのか。うちが乗っ取られる!?実家に戻った明里が目にしたのは、思いも掛けない光景だった!
2012年に単行本が出たものの、文庫版。
著者の小説を読むのはこれが初めて。
ちょっとググってみると、現代的で都市的なホラーとでも言えばいいのか、人間関係の奥や裏にある黒さ(グロさ?)をもっぱら描いてきた人のようだ。

ただ、この人の小説の中でも、本書は群を抜いて評価がよろしくない。
アマゾンのレビューで1.5である。
こんな評価だったとは知らずに読んだけど、まあ読者の心情としては分からなくもない。

いわく、「物語が遅々として進まず、退屈」「中途半端」「アヤシげな夫婦の謎が解けないまま」「ラストがまったくスッキリしない」等々。
いやまあ、どれも(残念ながらというか)その通りではある。ワタクシも途中で、「話しが進まんなぁ」とか「主人公が助けを求める人は同僚や恋人の他にも、電話で知らせてきた親戚がいるんじゃないの?」など、幾度となく思いながらページをめくった。ただまあ、進展が遅く、説明的な記述が多くて退屈にはなるものの、実家に入り込んでくる夫婦のアヤシさや、恋人の煮え切らなさ、主人公が抱く地元・青梅と実家の家族に対する思いの移り変わりなど、なかなか読ませるところもあり、ページをめくる手は緩まなかった。(これはまあ、ワタクシ自身も地方出身者だから、という背景があるにしても)

読書も後半になり、この「ストーリーの進まなさ」について、ハタと思い至ったのは、じつはこの「遅々としている」ことそれ自体が、我が国そのものを表しているのかも、ということ。
そう思うと、実家の家族(両親と姉夫婦)がそろいもそろって優柔不断で煮え切らず、数字にアバウトなところや、その実家に居座っているアヤシい夫婦が常に笑顔で一方的な会話を繰り広げて付け入る隙を見せないこと、などなどが何らかのメタファーにも思えてくる。

地域を変えるのは「よそ者、若者、バカ者」なんてよく言われるけど、果たしてこの小説のラストは、今後の(日本の)明るい行き先の示しているのか、それとも暗い未来を暗示しているのか。どちらにせよ、なんとも言いがたい、薄気味悪さのただよう小説ではあったな。


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by t-mkM | 2016-12-15 01:37 | Trackback | Comments(0)
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