再び立石へ、「滝山コミューン一九七四」

一昨日の土曜日は、昨年末にはじめて行って以来、2回目の訪問となる立石へ。目的はもちろん、モツ焼きの「宇ち多”」。
開店直後の午後2時過ぎなのに、すでに店の前には行列が。それでも、客の回転が早いので、それほど待たずに入れました。(じつは土曜日は12時開店だということを、隣にいた方から聞きました)

この店、イスもテーブルもそれほど大きくない(というかハッキリ言って狭い)ので、客どおしで譲り合わないとスムーズに出入りができません。それでも、常連さんの多さ(たぶん)ゆえというか、店員さんによる年季の入った的確な誘導もあって、すんなりとお客さんが入れ替わっていきます。店側にとってはフツーのことなんでしょうが、みごとです。
ここの店員さんたちが次々と注文などをさばく姿は、けっして愛想がよいとは言えません。ですがKに言わせると、「サービス業の何たるかを見た」ということなんだとか。たしかに、店員さんの立ち居振る舞いは一見の価値あり、ある種の「芸」になっていると言えるかもしれません。

来週も行こうかな。

昨日は『群像』2007年1月号に掲載されていた、原武史「滝山コミューン一九七四」の最終回を一気に読みました。

この評論は、原氏がかつて住んだ東久留米市の滝山団地と、隣接する滝山第七小学校を舞台として、とくに高学年の時に行われた一教師の主導による「学級集団つくり」の実態を、当事者であったひとりの小学生の眼を通して綴ったものです。この七小での「集団つくり」は、当時の全生研(全国生活指導研究協議会)による指導方法だったそうで、自由より平等、個人より集団を重視する、といったものです。
一方で、そうした活動に対して原氏がしだいに違和感や疎外感を強くしていくさまが、関係者の取材をもとにかなり詳細に描かれています。
全生研への批判的なトーンは感じられるものの、当時の政治・経済状況なども織り交ぜて書かれていて、その筆致は控えめで冷静です。

ワタクシも、70年代に小学校時代を過ごしたので、原氏ほどのトラウマはありませんが、「班競争」や「係活動」といったことをやった覚えがあります。この連載を読みながら、いくどか「そういうことだったのかぁ」と、自分の記憶をふり返りながら思ったりしました。
思えば、小学校の時の教師の記憶や影響って、けっこう大きいものがありますね。

これで3回に渡った連載が完結したので、近く単行本になるでしょう。
いまのところ文芸誌での連載のせいか、それほどの反響は見あたりませんが、刊行されたらけっこう話題を呼ぶのではないでしょうか。折りしも、昨年末の国会では「改正」教育基本法が成立させられましたし、その論戦の渦中では子どものいじめや自殺、それに自殺予告も相次いだことは記憶に新しいことですしね。

原氏は連載の最後で、学者が「私」を主人公にした物語を書くことにためらいつつも、

「...六八年から七二年までの「政治の季節」を語る人はようやく目立ち始めても、それ以降の歴史を積極的に語ろうとする人は依然として見当たらない。たとえ虚構のそしりを免れないにしても、滝山団地と七小が一体となり、児童たちが連帯すれば一つになれるということを素朴に信じることができたあの歴史は、やはり七〇年代の一つの記憶として、誰かがきちんと書き留めておかなければならないものだーー。いまでは、そう確信している。」

と記しています。
連載を読み終えて、まさしくその通りだと思いました。
そして、単行本の発刊をきっかけに(といってもまだ出ていませんが)、この時代に光があたることを、70年代に少年期を過ごした者の一人として期待したいですね。
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by t-mkM | 2007-01-15 23:04 | Trackback | Comments(0)
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