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「51C」という呪縛?

またしても建築関連の本を読んでます。
『「51C」家族を容れるハコの戦後と現在』
鈴木成文、上野千鶴子、山本理顕、布野修司、五十嵐太郎、山本喜美恵(平凡社)



タイトルにある「51C」とは、1951年に計画された公営住宅標準設計C型の通称。
といっても建築関係の人でもないかぎり、分からないかとも思うので(もちろん、ワタクシもこの本を読むまで知らなかった)、以下、少し本書の説明を。

戦後、日本が焼け野原から立ち直ってくる過程のなかで、当面する住宅難を解消することが急務であった。そこで、本書のメインでもある鈴木氏が中心となって設計されたのが、この「51C」という35平米の公団住宅だったというわけ。しかし、この「51C」の設計理念は、その後いまに至るまでずーっと続いている、間取りを表す「nLDK」の原型ともなっていて、いまや社会学者などからはその設計理念に対する批判(家族の置かれた現実とズレている、など)にさらされている、となっているらしい。これを「nLDK」批判、というようだ。
そうした問題意識のもとに、「51C」の生みの親である鈴木氏をはじめとする建築家や、上野千鶴子氏ら社会学系の研究者などが集って開いたシンポジウム、
「「51C」は呪縛か。−集合住宅の戦後〜現代をさぐる」
の記録が、本書である。

結論としては、戦後の住宅難を早急に解決する必要から生まれた「51C」という設計思想それじたいは、すでにもはや歴史の中にヒトコマであり、一定の評価もなされている。ただし、その後の「nLDK」へとダイレクトにつながっているわけではない。むしろ「nLDK」というのは、高度成長期にデベロッパー=民間住宅市場によって作り出された安易なものであって、「51C」の理念とは断絶している、ということらしい。
ただ、建築家の側が長らく「nLDK」を超えるものを一般大衆向けの住宅市場に提供できていなかったのも事実で、建築業界の中でも(一部には?)忸怩たる思いはあるようだ。

この本はシンポジウムの記録なので、各パネリストの報告に続けての議論、そして各自のまとめと感想と、比較的短い文章が集まってテンポよく議論が展開されていくので、読みやすい。ただ、テンポはいいのだけど、「51C」の中心人物である鈴木氏と、社会学者の上野氏とのやりとりは、最後までなんとなくすれ違っている。
上野氏いわく、「建築家は与えられた条件の中で考えるし、クライアントもあるけれど、社会学者は与件自体を疑う訓練を受けていて、クライアントもいない。」ということだが、そうした思考方法そのものがすれ違いの要因でもあるか。

本書では鈴木氏と上野氏をつなぐ中間的な役割かと思われる、山本理顕という建築家もパネリストで報告していて、発言にちょっと興味をひかれた。
by t-mkM | 2007-11-30 22:43 | Trackback | Comments(0)


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