戦争、 自然災害、事件、さまざまな暴力、虐待...。
こうした事態に直面した人々に残るトラウマは、「とうてい言葉には尽くせない」と言われたりしながらも、ジャーナリストや関係者、あるいは当事者自身によっても語られてきた。でも、言葉にならないはずのトラウマを言語化する矛盾は、話し手も受け手をも揺さぶる。「私(あなた)に語る資格があるのか?」「そんな悲惨は目にあったのに、なぜそれほど冷静に話せるのか?」「実際に経験したことがないのに、何が分かるのか」等々。 そうしたトラウマを語ることの可能性、また語る者のポジショナリティ(立ち位置)をめぐって考察したのが、この本。 『環状島ートラウマの地政学』宮地尚子(みすず書房) ほぼ2年にわたる『月刊みすず』での連載をまとめたもの。 「環状島」というタイトルが印象的だったので、連載されていたころからたまにチラチラと見ていたこともあり、読んでみた。 環状島とは読んで字のごとく、海上に浮かぶドーナツ型をした島のこと。この地形をモデルとして、<内海> <外海> <斜面> <尾根> <水位>といった環状島に関連する用語を駆使しながら、当事者、支援者、敵対者はもちろんのこと、研究者、観察者(ジャーナリストなど)までをも含めて、そのポジショナリティについての考察が綴られていく。 著者の、学術的であろうとする姿勢は終始一貫している。ただし、複雑な事象を読み解いていく葛藤を反映してか、こなれない定式化や難しそうな専門用語化が行われている部分もある。けれど、小説や映画などからの引用も頻繁にあって、考察される中身それ自体は、それなりに分かりやすく腑に落ちる。 著者も書いているけど、この本で書かれている内容は、トラウマを語ることだけでなく、社会運動の中で当事者と非当事者がどういう役割を果たすのか、さらには紛争解決や歴史認識がどう形作られるのか、などといった問題ともつながってくると思う。 混沌としたさまざまな事柄のなかから「学問」として立ち上がってくる息吹と、社会的な実践(あるいは運動)に関する「目ウロコ」的なヒントが、同時に味わえる本、といえようか。
by t-mkM
| 2008-03-05 23:01
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