2017年 02月 01日 ( 1 )

『火星の人』を読み、『オデッセイ』を観た

もう以前になるけど、昨年に公開された映画の原作本を読み、今年になってその映画をDVDで観た。どちらも面白く、映画の方は繰り返し観たこともあったので、感想などを書いておくことにする。

『火星の人』アンディ・ウィアー/小野田和子(ハヤカワ文庫SF、2014)
以下はアマゾンの内容紹介から。

有人火星探査が開始されて3度目のミッションは、猛烈な砂嵐によりわずか6日目にして中止を余儀なくされた。だが、不運はそれだけで終わらない。火星を離脱する寸前、折れたアンテナがクルーのマーク・ワトニーを直撃、彼は砂嵐のなかへと姿を消した。ところが――。奇跡的にマークは生きていた!? 不毛の赤い惑星に一人残された彼は限られた物資、自らの知識を駆使して生き延びていく。宇宙開発新時代の傑作ハードSF。

『オデッセイ』リドリー・スコット監督(20世紀FOX、2015)
(日本では2016公開)

どちらの作品も楽しんだ身としては、読んでから観ても、あるいは観てから読んでも、たぶんどちらでも楽しめるのではないかと思う。
ただまあ、理系方面がとりわけ苦手だとか、中学校の理科なんて思い出すのもイヤだ、という方は、まずは映画からのほうがいいですかね。(そもそも、面白くないかもしれないが)

原作を読んで強く印象に残るのは、火星に一人ぽっちで置き去りという、これ以上ありえないような絶望的な状況のなか、あくまでも生還するべく、手近にあるものと自身の知識をもとに、とことん計画的に自らの「生存戦略」を進めていく主人公の姿勢、というか意志だ。

次の探査機が火星に来るまでに4年。それまで生き残るため、何が必要で何が足りないのか、食料や酸素などをどうやって確保していくのか…。それら一つ一つに計画を立て、実験を繰り返し、改良を重ねながら、連日、あれやこれやと活動し、食料や水や酸素を確保していくのである。途中、パスファインダーという実際にあった火星無人探索で使われた通信機器が埋もれた場所を思い出し、それをゲットしてNASAとの交信が復活するなど、現実の宇宙探索の歴史?ともリンクしながら進んでいく。その辺りの細かい演出もツボである。

その一方で、これでもかというくらいに、いろんなトラブルが主人公をおそう。なにせ一人しかいないし、気がつきようもないのだけど、主人公はひたすら前向き。もうおバカなくらい楽天的。そういった感じが、日記調の文面からとってもよく伝わってくるのである。

一方、映画はといえばほぼ原作に沿って、けっこう忠実に作られている。
NASAが全面的に協力したというだけあって、火星探索の装備や機器類などをはじめ、火星の居住エリアでの日常や、NASA上層部のやりとりなど、(もちろん、ホントかどうかは分からないながらも)かなりリアルに感じられた。
ただ、原作を読んでいないと「なんでこうなるの?」というようなシーンがあるのも事実。これは原作から抜け落ちたエピソードがいくつかあるためで、映画を141分に収めるためとはいえ、このあたりにはやや無理があるのかも。とはいえ、それらは映画的にキズかというとそうでもなく、原作を読んでから観ると理解が深まったりするわけで、繰り返し観る楽しみが増える要素とも言える。

また、エピソードが省略されたこともあって、火星サバイバルにおける主人公の実験的精神の徹底ぶりや、相当の長距離を移動してようやく救出拠点となる場所にたどり着く大変さなど、映像からはそれなりに伝わってはくるものの、原作に比べると十分とは言い難い。まあ、それは無いものねだりというものか。

原作にはない場面がラストに加わっているけど、これは作品としてのエンディングとしてもろもろ納得させられる。
(ここまで描かないとスポンサーの支持は受けられないのかもしれない)

宇宙モノのとして、久しぶりにとても楽しんだ1冊と1本。





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by t-mkM | 2017-02-01 00:58 | Trackback | Comments(0)