ネットを見ていると、けっこう評判が良さそうなので、読んでみた。
『脱貧困の経済学』飯田泰之・雨宮処凛(自由国民社) 反貧困を掲げて活動する雨宮氏らが主張している貧困解消のための様々な処方箋に対し、若手経済学者の飯田氏が、さまざまなデータを駆使して現代日本の実態を解き、示されている処方箋に関して説得的な見解を披露していく、といった感じですすむ対談本。 とても読みやすく、そして分かりやすく、一気に読めた。 ![]() ネット上ではよく見かけるリフレ派(マイルドな経済成長を促す金融政策を重視する経済的立場、かな)の主張が、いまひとつ腑に落ちなかったけど、これを読むとすんなり理解できる。運動家との対談という点がきいている。 バブル経済が破綻して以降の約20年、日本ではじつにさまざまな「経済対策」と称した政策や改革が行われてきたけど、結局、庶民への増税と富裕層に対する減税という「あべこべ」の対応がなされてきた、ということらしい。 これを直すには、年2%程度の経済成長を促し、所得の適切な再配分とセットした政策への転換が急がれる、とのこと。累進課税をバブル以前の税率に戻すだけでも、4兆円だかの税収増が見込まれるというから、なにも消費税増税だけが方法ではない。そもそも、消費税はフラットな税制で、貧乏人にも金持ちにも公平だ。「公平」ということは、つまりは貧乏人によりしわ寄せが来る、ということでもある。消費税を上げるということは、さらに貧困の度合いが強まる、ということだ。 この本で印象に残ったのは、第2章「ほんとうの敵は「世間の常識」?」。 「働かざる者食うべからず」といったことに象徴される、いわゆる世間一般で広まっている感覚が、たとえば「生活保護を受ける資格がありながら申請しない」「生活保護よりは自殺を選ぶ」といった方向に行ってしまいがちな実態を下支えしていないか、と指摘する。 たぶん、そういった「世間の常識」を日々広めて強化しているのは、テレビなどマスコミなんだと思うけど、たしかにそういう側面があると思う。 それと、現在の地位を築いた人々も、その立場は自分の努力だけで獲得できたわけではなく、半分くらいは運もあったことをもっと理解すべき、という指摘は、まさしくその通りだと思った。生まれてくる時代や親は選べないんだし。 経済が苦手、と言う人でもすんなり読めて、有益な本だと思う。 この土日も、父親が入院している病院へ。
事前に申し入れたので、主治医の話も聞くことができた。当初の状態から比べると、思いのほか順調に回復している様子で、今週には車イスに乗せてのリハビリも始めるのだとか。ただ、本人はといえば、いまだ受け答えもままならず、寝てばかりいるのだけれど...。 とりあえず父親の容体も安定しているようだし、病院と実家との往復では時間を持てあますし、それにせっかく実家にまで来ているんだし、ということで、日曜の午前中は以前から気になっていたコーヒー店に行ってみることにした。 tonbi coffee(トンビ・コーヒー) コーヒー豆の自家焙煎・販売のほか、カフェも併設されているので、そちらでコーヒーとケーキをいただく。 店内は白を基調としたスッキリと清潔感のある内装で、海岸沿いにも似合いそうな雰囲気である。サイトには、店主が目指すところとして「透明感のある、凛としたコーヒー」と書かれているけど、店内もまさにそんな感じ。 カフェで飲めるコーヒーはブレンドもストレートも全て450円、しかもおかわりが150円で、同じ種類でなくてもOK(つまり、450+150=600円で2種類飲める)というのはウレシイ。ケーキも300円で、なかなか美味しかった。 クルマがないとアクセスが悪いのだが、バスもそれなりにはある様子。 病院からはちょっと距離があるのだが、病院へ行く際の余録?として、また寄ってみようと思う。 先週、実家で一人暮らしをしている父親が、倒れた。
すぐに救急車で病院に運ばれたこともあり、(ま、いろいろとあったのだが)いまはなんとか容体が落ち着きつつある。そんなこともあり、この一週間というもの、心身ともに慌ただしく、ざわざわと落ち着かないのであった。 昨日も病院に行ってきたのだが、往復の電車内で読んでいたのは、こんな本。 『ワセダ三畳青春記』高野秀行(集英社文庫) 『本の雑誌』によれば、この著者は「エンタメ・ノンフ」(エンターテイメント・ノンフィクションということらしい)の筆頭らしいけど、ワタクシは初めて読んだ。 たしかに面白い、笑える。 ![]() しかも、著者がこのアヤシイ住人の集まる「野々村荘」に住んだのが昔の話ではなく、バブル絶頂期から2000年までの11年間、というところもポイントだ。三畳一間で家賃一万二千円。しかも11年間値上げされず、というのも世の中から隔絶している気がするが、それにもまして、この大家のおばちゃんがすごい、というかエライ。著者がこのおばちゃんに呼ばれ、たまに大家さん宅で食事をごちそうになる場面が書かれているが、ワタクシにも似たような経験がある。 90年代初頭、バブルははじけたものの、すぐに景気は元にもどるのでは、と皆がなんとなく思っていた頃、当時、西東京の郊外でアパートの2階に住んでいた。1階には大家のばあさんが住んでいて、もちろん入口は別。隣にはばあさんの息子さん一家が軒を連ねていた。 そのアパートの住人も「野々村荘」より平均年齢が高いものの、長年住んでいるおばあちゃん、始終仏頂面しているおばさん、引きこもりがちな若いお兄さんと、多士済々?だった。その中で、なぜかワタクシは大家のばあさんに好かれた。 なんせ、1階には大家のばあさんが住んでいる。なので、ばあさんが玄関から庭に出てきて2階に向かい、「○○さーん、ご飯があるけど食べるぅ?」と声をかけてくる。さすがに断るわけにもいかないので、「分かりましたぁー、いただきますぅ」と返事をして階段を下りて玄関へ回ると、なぜだか近所のばあさんも来ていて、ニコニコとこちらを待っている。しかたがないので、ばあさん連中に囲まれて食事をするのだが、「なんでオレは朝っぱらからばあさん達を相手に話しをしながら朝飯食ってんだ?」という疑問が頭をもたげてくる。しかし当時、奨学金で暮らしていたこともあり、それにばあさん相手の食事も、それはそれでなかなか楽しかったので、朝飯ではけっこうお世話になった。 あの大家のばあさん、当時すでにしわくちゃだったから70歳を越えていたか。まだ元気だろうか。
この連休の移動中などに読んでいた本。
『「空気」と「世間」』鴻上尚史(講談社現代新書) 7月に出た新刊。 この人のやっていた第三舞台などの芝居は見たこと無いし、文章のほうもまとまった著作を読むのは初めてなのだが、なかなか面白かった。 最初のほうに書かれていた、欧米の青年が日本人のマナーについて語っているエピソードが印象的だ。 ![]() その青年の体験。 電車の網棚にカバンを置き忘れたのだが、駅員に言って探してもらったらそのまま網棚に置かれていた。そのことをもって、青年は「欧米では確実に無くなるであろうカバンが、そのまま残っているなんて! 日本人のマナーはすばらしい」と感激していたとか。しかし後日、「目の前に老人が立っているのに、なぜ席を譲ろうとしないのか」と、日本人のマナーについてどう理解していいのか混乱してきた、というのだ。加えて関連するエピソードで、電車の扉が開くと我先にと乗り込んで、仲間の分まで座席を確保しようとするオバサンの例も出てくる。著者は、こうした現象はひとつの原理で説明できる、とする。 つまり、「日本人は「世間」には気をつかうが、「社会」には距離を取る」という原理である。上の場合で言えば、置き忘れたカバンを駅員に届けることや老人に席をゆずることは、他人と関わる(=社会と関わる)ことであるので、避けようとするが、仲間(=世間)の座席を確保するのは率先して行う、ということ。 ほかにも、世間に関するちょっとした歴史的考察など、「なるほど」と思わせる箇所があり、最後にはこうした「世間」のしがらみを窮屈に思っている人に向けた 処方箋として、複数の共同体にゆるやかに関わる、ということを提案している。 この提案の有効性はよく分からないけど、このところ街などを歩いていて、あちこちで目にする現象(信じられないこと、いろいろありません?)の背景を読み解く上では、結構腑に落ちる部分があった。 上とは全く関係ないように見えるけど、じつは内容は関連するかもしれないということでもうひとつ。 『流儀』稲場雅紀、山田真、立岩真也(生活書院) 副題には「アフリカと世界に向かい我が邦の来し方を振り返り今後を考える二つの対話」とある。 図書館に返す返却期限が迫っていたので、ななめ読みだったけど、ゲイでありアフリカ支援に携わっている稲場氏による、NGOやNPOをふくめた、政府にもの申す市民運動やロビー活動について日本と欧米との比較が興味深かった。 ![]() いわく、 「政府に対して「50」を要求しようと、目標として「50」かかげても、ほとんど取れるものではない。欧米だと、同じ「50」を取ろうとしている場合、「200」を政府に要求するグリーンピースなど過激な行動をする団体が一方におり、他方で国会議員などに対して地道なロビー活動を展開する市民団体もいる。そうした団体間の連携などがあらかじめ決められているわけではないようだが、ときに発生する暴力的な活動に対しても、市民の目線はそれなりに理解あるもののように思える。」 といったような箇所が。 こういうのを読むと、欧米での歴史の積み重ねや市民としての経験の蓄積といったものが感じられて、日本とは違うんだなぁ、と思わされる。べつに欧米がとくにすぐれているとは思わないけど、まだこちらの目には見えてはいないものがたくさんあるのかもしれない、という気はする。 この連休後半、11日(日)は逗子のNさん宅での飲み会へ。
Mご夫妻、それにMさんの知人も交えて合計8人での宴会で、まあにぎやかに飲んで食べた。毎度のことながら、Nさんの手料理は「こういう食材をこうやって料理するのかぁ」というちょっとした驚きがあり、しかもどれもおいしい。今回、ぬか漬けしたサンマの塩焼き?が、酒の肴だけでなく「ご飯ください」思わず言いたくなる感じで、後をひいた。 この晩はNさん宅に泊めていただき、翌12日はK(かんから)の知人宅へ。 逗子駅までバスでもどり、さらにバスを乗り換え、葉山を通り過ぎた秋谷というところまで行く。このあたりは横須賀市らしいが、最近では「南葉山」と呼ぶらしい。ま、この付近へ来てみると、地元の方々はどうなのかしらないけど、そう呼びたくなるのも分からなくはない。 それから、久しぶりにこのあたりの海岸通りを通ったのだけど、マンションがやたらと目に付く。これって、いわゆるリゾート・マンションなのか? それにしてもたくさんあって、理由はよく分からないものの、なんだかしゃくにさわるのだが、それはさておき。 うかがったSさん宅は、外からみると昭和に建てられた古くて大きな木造住宅のように見えるのだが、これが築130年だとか。たしかに中へ入ると、部分的に手直しがされてはいるものの、天井や建具、玄関の上がり口などはおそらくそのままなのだろう、と思わせるような"枯れ具合"。よくぞ今まで残っていました! とでも言いたくなるようなお宅なのだった。(古いふすまには、これも水墨画のような古い絵が貼られていたり、何とも言えない年期のはいったイイ感じの柄の布が貼ってあったりしていた) しかも、手持ちの家具やちょっとした飾り物の配置などが絶妙で、Sさんご夫妻のセンスの良さがいたるところに感じられるのであった。 将来はこの広いスペースを活用してお店をやりたい、とSさんは話していたけど、きっと素敵な空間になることでしょう。(すでに今でもそうだし) 近所までいっしょに出かけて買ってきた釜揚げシラスのどんぶりなどをいただいたけど、このお宅の奥の座敷に座って食べていると、なんだか昔のモノクロ映画に出てくる役者のような気分になってくるのであった。 3連休の初日、K(かんから)は知人たちとの集まりへと早々に出かけていった。こちらは、秋も一箱古本市へ。と思った矢先、小雨が降ってきた。しばらく様子を見ていたけど、これがなかなか止まず。昼過ぎになって晴れたけど、結局、古本市の会場へ行ったのは2時過ぎだった。
まずは宗善寺へ。 ブック・ダイバーでの古本市でご一緒した古書雪華さんとシュヴァルツ・カッツェ・クンストさんが、一緒に出店されていたのでごあいさつ。さらに奥のほうへ行き、エンテツさんのブログを見て知った『四月と十月』の最新号が(古本として)売られていたので購入。 続いてライオンズ・ガーデン。 あずきときんときで出店されている甘夏書店さん、それに四谷書房さんへごあいさつし、お二方のところからそれぞれ文庫を購入。それにしても四谷書房さん、相変わらずお値打ち価格だよなぁ。 この日は谷中まつりとも重なっていて、三﨑坂の周辺はあちこちで賑わっており、自転車で移動するのが一苦労。こうなると、歩きがいちばん便利でいいけれどね。 3つ目はコシヅカハム。 揚げ物でも買って食べながら、なんて思っていたが、ここコシヅカハムはすぐに食べられるソーセージや生ハムはあるものの、コロッケなどは作っていないのであった。知らなかったよ。 水族館劇場を通じてお知り合いになったやまがら文庫さんが出店されており、ごあいさつを。「姉妹文庫」というから、きょうだいで出店かと思いきや、お知り合いの共同出店なんだとか。秋の一箱ではずっと店番の必要があるし、本のバリエーションも増えるだろうし、共同出店というのはいいかもしれない。 他の会場まで足を伸ばそうかとおもったけど、なんだか疲れたのでこれで切り上げ、買い物をして帰った。 夜は早い時間からローリング・ストーンズのライブDVD『シャイン・ア・ライト』をできるかぎり大きな音で見る。このライブ、CDをiPodに入れて、このところジムで走るときは毎回のように聞いているけど、やっぱり映像があるとまた印象が違う。傑作だよな、とあらためて思った。 図書館でまとめて借りてきたので、『君は永遠にそいつらより若い』につづき、ふたたび津村記久子の小説を読んでみた。
『ミュージック・ブレス・ユー!!』(角川書店) 昨年に出た書き下ろしの小説。この作品で同じく昨年の第30回野間文芸新人賞を受賞している。 中年男性が読むには、手に取るのをちょっと躊躇してしまうようなカバーイラストではある。しかも、高校3年の洋楽好き女子高生の日常を描く内容。なんだけど、これがけっこう興味深く読めた。 ![]() 作中に出てくるロック系の洋楽バンドの名前など、一つとして知らなかったけど(これがかなりマニアックそうだが、若い人は知っているのか?)、洋楽好きの主人公(アザミ)の視点でつづられる高校生活を読んでいると、自分が高校生だった頃のあれこれがしだいに思い出され、当時と比べながら読んでしまう。ま、それはそれでなかなか面白いのだった。 あたりまえだが、当時と今とでは当然ながら進路に関する状況はずいぶんと違うし、またこちらはほぼ全員が大学受験をするような進学校であったので、この小説の舞台である高校とは異なる。それでも、アザミとその友人たちの、「パッとせず、些細な出来事に振り回される日常」であるがゆえのかけがえのなさ、というのは伝わってくる。同じくパッとしない高校生活を送った身としては。 読んでいて、印象的だった文章などを少しメモしてみた。
「市ヶ谷経済新聞」のヘッドラインニュースから。
牛込神楽坂に古本と雑貨の店-本好き夫婦が「古本の日」に開業 (2009年10月05日)
とのこと。 もう少し行けば早稲田界隈の古本屋があるものの、たしかにこちらの周辺には古本屋はない。 ちなみに営業時間は11時~19時で日曜・月曜定休。 神楽坂に行くついでに足をのばしてみるか。
K. Moriyama's diary経由で知った新聞記事。
そんなのあり?自販機置けば新築賃貸の消費税0! (2009年10月3日14時54分 読売新聞)
つまりどういうことかというと、こういうカラクリらしい。
以上、フツーの庶民にはまったく関係ない話しではあるが。 都内を歩いていて、つねづね不思議に思っていたのだけど、「なんでこんなところに自販機を置いている? だれが買うんだ?」っていうような場所にも、自販機は設置されている。それが賃貸のアパートやマンションなどに多いかどうかはよく分からないが、それにしても、上の記事は賃貸住宅の敷地内に自販機を置く立派な理由にはなる。 自販機を住宅地でも見かけるのには、こんな背景があったのかと、腑に落ちたしだい。 そういえば、先日のブックダイバーでの古本市でご一緒した、石英書房さんのサイトをリンク先に追加しました。 < 前のページ次のページ >
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