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最近の収穫だったCD ジャズ・ボーカル篇

べつにそんなに音楽を聴いているわけじゃないし、(小声でしか言えないけど)CDだって図書館で借りて聴いているのがもっぱらな、そんな程度である。

でも、そんな具合でいろんなCDをあれやこれやと借りては聴いていると、それなりに「いいじゃん、これ」といったものに出会うこともある。で、たまたまだけど、ジャズ・ボーカルのCDでよいなと思えたCDを2枚、ここでメモしておく。

1枚目。
『スプリング・イズ・ヒア ~ロブスター・レコーディングス』キャロル・スローン
 紙ジャケ仕様(MUZAK、2014)

ライナーを読むと、70年代後期ころは日本でもジャズ・ボーカリストとしてけっこう有名だったようだけど、当方、ボーカル物は苦手なこともあり、これまで知らず…。
過去に出た2枚のLPをカップリングしているらしく、目一杯収録されている。
前半のメンバーは以下の通り。
 キャロル・スローン(vo)、ローランド・ハナ(p)、ジョージ・ムラーツ(b)
後半は日本人メンバーの演奏がバック。
 キャロル・スローン(vo)、吉田賢一(p)、成重幸紀(b)、野口迪生(ds)

そのまま聴いていてももちろんよいのだが、夜に明かりを落として聴いたりなんかすると、もっといい。録音がいいのか、音もリアルである。


2枚目。
『フォー・ワン・トゥ・ラブ』セシル・マクロリン・サルヴァント
(ビクターエンタテイメント、2015)

こちらは2013年に本格デビューした新人の2作目。
前作『ウーマンチャイルド』がグラミー賞にノミネートされたほか、アメリカのジャズ専門誌『ダウンビート』の年間ベスト・ジャズ・アルバムに選ばれたそうで、この賞でボーカルものが選定されたのは初めてなんだとか。

という華々しいデビューを飾ったらしいのだが、ワタクシ、そういったことは全く知らずにこの2作目を手に取った。まず、ジャケット。デフォルメされた顔のラフ・スケッチのような絵とともに、赤と黒のコントラストが目をひく。ライナーによればアートワークもご本人によるものだそうで、なかなかである。

自作曲が5曲入っていることもあり、キャロル・スローンと比べるといかにも現代的?な感じがするけど、収録されている他の曲も(なじみが無いこともあってか)新鮮に聞こえる。そして、バックのピアノ・トリオの演奏もちょっと印象的で、耳に残る。
ぜひとも前作を聴いてみたくなる。
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by t-mkM | 2016-07-29 01:14 | Trackback | Comments(0)

いまどきの名画座

リニューアルのため、長らく閉鎖していた近所の図書館がようやく再開したので、ひさしぶりに足を運ぶ。真新しくなった館内はやっぱり新鮮で、「へぇー」と思いながらウロウロしていると、こんな本が目にとまったので、借りて読んでみた。

『円山町瀬戸際日誌』内藤篤(羽鳥書店、2015)

内容はといえば、「名画座シネマヴェーラ渋谷の10年」という副題にあるとおり。弁護士を本業とする著者が、館主として2006年に開館した名画座における10年間の悪戦苦闘?ぶりを、軽快な筆致でつづったもの。

「もし宝くじが当たったら、映画館(名画座)を作ってみたい!」というのは、映画などのエンタメ好きなら誰もが一度くらいは妄想することだと思うが(そんなことはない?)、言ってみれば本書は、そんな妄想を実現させてしまった方による、名画座の日々、である。
とはいえ、現実にはもろもろの困難があり、常に上映作品の選定やプログラムづくりに悩み、上映にあたっては各種各方面に気を配り、客の入り(不入り)に一喜一憂し…、まったくもってお気楽ではやれないことがよーく分かる。そりゃそうだ。

名画座館主の日誌なので、こちらのまったく知らない、マイナーな映画の題名がこれでもかと出てくるものの、ノリのいい文章もあって、テンポ良く読ませる。
印象に残ったことを箇条書きにしてみれば、
・こんなにも毎日のように映画館の空間で映画が見られるとは(しかも館主だ!)、まことにうらやましい.
・けど、こりゃ相当に映画好き、映画愛にあふれていないと、身が持たないのでは?
・プログラムづくりには、けっこうな、いや相当な気苦労があるんだなぁ.
・本格的なデジタル化時代を迎え、名画座にとって映写機関連の費用はけっこう、いやかなり?痛そうだ.
てなところ。

巻末にある、開館以来のシネマヴェーラ渋谷でのプログラムを眺めているだけでも、いろいろ楽しめる。また、あとがきのちょっと苦い回想も、本文とは感じを異にしていて、なかなか味わい深い余韻を残す。
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by t-mkM | 2016-07-27 01:02 | Trackback | Comments(0)

劇団どくんご公演「愛より速く」@我孫子

ちょっと時間が経ってしまったけど、日記なので記録の意味で書いておく。

先々週の末、7月9日(土)、「劇団どくんご」による公演を我孫子まで出かけて観てきた。今年の全国ツアー公演「愛より速く」である。
全国ツアーの公演日程や最新情報などは、以下のwebサイトを。

 「劇団どくんごweb」
  http://www.dokungo.com/

2年ぶりの全国ツアー公演だし、しかも我孫子の駅で降りるのも、ましてや会場である手賀沼公園なんて行ったこともないので、下見もふくめて早めに出かけた。
開場の2時間くらい前に着いたけど、テントは立っているものの(公演は前日からだから当たり前だ)、どうやらリハーサル中のようでテントからセリフめいた声が聞こえる。でも、周りにはだれもいない。そりゃそうだろうなぁ。

で、あらかじめ調べてきた、会場近くにある「焙煎職人 鈴木正美の店」へ。
http://www.suzukimasami.jp/

直火で珈琲豆を焙煎、というのは今ではごく少ないそうで、そういう意味でもこだわりの店であり、「焙煎職人」を自称するゆえんらしい。一番人気の商品など、2種類ほど豆を購入。後で自宅で飲んだけど、これまで買ってきた豆となんとなく違っているようでもあり、香りが立っていて、おいしかった。

豆を買ったあと、もう一件調べてきた、これも会場近くの「ノースレイク・カフェ・アンド・ブックス」へ。
http://northlakecafeandbooks.com/

いわゆる「ブック・カフェ」というヤツだけど、本の品揃えは冊数・ジャンルともなかなかチカラが入っていて、けっこう見応えがある。お店ではいろんなイベントなども頻繁に行われているようで、町に根づいた店、といった感じか。実際、店に駐車場はないものの、お客さんとの会話を漏れ聞いていると、近隣らしき人が多かったな。ここで、開演近くまで過ごす。

18時半に開場。
予約していたけど、予約している、いないに関わらず、並んだ順に受付して座席に着く、という流れ。予約というのは、チケットが割安になる、ということぐらい。なかなかアバウトであるが、受付から何から役者がすべて行うことからして、前回もそうだったよな。
この日、子供づれ、というか子供が多く、2年前に観た東京公演との客層の違いにやや驚く。そもそも地方公演だと、こんな感じがフツーなんだろうか。

用意された座席のほか、追加の席も設けられたりして、会場はほぼいっぱい。
19時ころに開演。
いつものように?、全員(+アルファ?)による演奏、そして歌からスタート。
で、これもいつものように、短いエピソードというかシチュエーションの劇がつぎつぎと繰り出される。舞台は唐突に切り替わり、前に演じられていた劇と関係ないような、でもどことなくつながりがあるような…、といった感じでテンポ良く続いていく。とくにこれと言ったストーリーは無いと言ってよく、どんなに説明しても、うわすべる感じ。これ(どくんごの舞台)はもう、観てもらうしかない。

子供たちにも受けていたようだけど、全体としてはけっこうシュールな舞台が多く、大人の目線からもなかなか考えさせられたりする。それから今回、しりとりのごとく、役者たちが入れ替わり立ち替わり舞台の前面に出ながら、コトバを追いかけ回すシーンが、以前よりも多かったかな。

前回に比べ、今回の公演では新しい人も加わっているけど、出演する役者は減っている。なので、皆さん、ハードに動き回るだけでなく、舞台の仕掛けを動かしたり、小道具を片づけたりと、けっこう忙しそう。それでも、ほとんど息が乱れない(ように見える)のはさすが。

途中、幕間(?)でゲストの「時間堂」という劇団がちょっとしたシーンを演じていたけど、これがいかにも"演劇"な感じで、いろんな意味でどくんごとの違いが鮮明だったのが印象的。

近郊では9月に東京公演(三鷹にあるジブリ美術館裏手の広場)があるので、こちらにも行ってみるつもり。
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by t-mkM | 2016-07-22 00:44 | Trackback | Comments(0)

山田太一のエッセイ・コレクション

山田太一といえば、テレビドラマの脚本家として一時代を築いたと言える人だと思うけど、小説『異人たちのとの夏』で山本周五郎賞も受賞しているし、それ以外にもエッセイ集など、ドラマ脚本以外の著書も多数ある作家でもある。

その昔、「ふぞろいの林檎たち」はたしかリアルタイムで見ていたけど、そのほかの名作ドラマと言われている、たとえば「岸辺のアルバム」や「早春スケッチブック」などは、全部を見たことがない。まあ、つまりは山田太一フリークではなかったのである。

そんなワタクシではあるけど、このところ文庫で新たに編まれた山田太一のエッセイ集を読んでいて、いろいろと認識を新たにした。

『昭和を生きて来た』山田太一(河出文庫、2016)

この本、3月の刊行だけど、『山田太一エッセイ・コレクション』としてこのほかに2冊が先に出ている。
本書の巻末で文芸評論家の加藤典洋が、"自分は山田太一のだいぶ遅くなってからの読者である"として、著者の文章に出会ったいきさつを驚きを持って語っているけど、この新たな編集で刊行されたエッセイ集を読んでいて、ワタクシも似たような印象を持った。

以前、オリジナルのエッセイ集を何冊かは読んでいるはずなんだけど、(恥ずかしながら)それほど記憶に残ってはいない。なんだけど、この本であらためて山田太一のエッセイ読んでみると、加藤典洋も指摘していたように、「気むずかしい、しかも気むずかしさを目立たないように丁寧に身体に畳み込んだただならぬ書き手が佇んでいたことを知った」(p285)という気分になる。

若いときに読んだ本や文章を、いまごろになって再読してみると、評価が変わったり、意外な発見がある。
昔は昔で古本屋をめぐる楽しみがあったわけだけど、今は今で、昔とはまた違った目で古本屋の棚につまった本を眺められるような気がしている。そしてその分だけ、以前とは異なった古本の楽しみがあるように思う。

まあでも、このエッセイ・コレクションは新刊なんだけど。
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by t-mkM | 2016-07-20 01:29 | Trackback | Comments(0)

上映&シンポのイベントへ@早稲田・大隈講堂

早稲田大学の演劇博物館の展示に関連する企画で、こんなイベントがあったので行ってきた。

「新宿1968-69 ドキュメンタリー/ハプニング/ジャズ」
日時:2016年 7月8日(金)17:30~20:30
会場:早稲田大学大隈記念大講堂
定員:1,200名 ※事前申し込み制/先着順 参加無料
主催:早稲田大学坪内博士記念演劇博物館、新宿から文化を発信する演劇博物館実行委員会

構成としては、3本のテレビ・ドキュメンタリー作品の上映、いったん休憩して、山下洋輔のピアノ演奏につづき、田原総一朗、山下洋輔、宮沢章夫らによるシンポジウム、といったもの。
上映された映像はつぎのとおり。

『バリケードの中のジャズ~ゲバ学生対猛烈ピアニスト~』(テレビ東京、1969年)
『新宿ラリパッパ』(テレビ東京、1968年)
『木島則夫ハプニングショー』(初回、部分上映)(日本テレビ、1968年)

最初の2本のテレビ東京の映像は、テレビ東京(当時は東京12チャンネル)のディレクターだった田原による作品。
バリケード封鎖された大学構内で山下トリオが演奏したことは、その音源である『DANCING古事記』を持っていて知ってたけど、そのテレビ・ドキュメンタリーを田原が制作して放送されていたことは、このイベントで初めて知った。
後半のシンポジウムで田原は、「ドキュメンタリーはすべてがヤラセ」と繰り返し言い、仕掛けることで取材対象の人物が変化し、周囲も変わり、しだいにそれが本物となっていく、というようなことを話していた。「朝生」といった討論?番組での強引なまでの司会ぶり、というか仕切りは、ここでの話しを聞くと、かつてのプロデューサー時代の経験に裏付けされて筋金入りなんだな、というのがよく分かった。この田原総一朗という人を、ちょっと見直した。

それにしても、この頃のテレビ・ドキュメンタリーというのは、大らかというのか、いまでは信じられないような構成(企画も)である。田原氏の作品はもちろんのこと、『木島則夫ハプニングショー』でも、新聞広告を打って人々を新宿歌舞伎町の広場に集めておきながら、群衆が多すぎてインタビューがまともにできないと、早々にカフェに引っ込んで店内にいる人にインタビューしている。ハプニングショーと銘打ってる番組なのだから、それでも構わないのかもしれないが、成り行き任せというかナンというか…。ただ、それも「ヤラセ」だったのかもしれないが。
とはいえ、歌舞伎町広場に集まった若い人々と同じく、番組それ自体から熱量が伝わってくるのも明らかだ。いまのテレビ番組はほとんど観たいとは思わないけれど、ここで上映されたものは面白かった。まあ、時間が経過したことも大きいかもしれない。

そんなこんなで、けっこう面白いイベントであったが、なんといってもこの日の"収穫"は、山下洋輔のピアノ・ソロを生で(しかも無料で)聴けたことかな。
なお、『バリケードの中のジャズ~ゲバ学生対猛烈ピアニスト~』に関しては、詳しく解説しているブログがあったので、メモしておく。

「山下洋輔の”死に場所”として用意された早稲田大学バリケード内のステージ」
http://www.tapthepop.net/live/44151
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by t-mkM | 2016-07-12 00:50 | Trackback | Comments(0)

大駱駝艦『パラダイス』を観る

前回観た、はじめての大駱駝艦『クレイジー・キャメル』が印象的だったので http://tmasasa.exblog.jp/25337917/、今回も観に来てみた。

大駱駝艦・天賦典式 
『パラダイス』
2016年6月30日(木)~7月3日(日) 全5公演

会場:東京都 三軒茶屋 世田谷パブリックシアター

どんな舞台か、以下はCINRA.NET にある記事から。
http://www.cinra.net/news/20160614-dairakudakan

舞踏家、俳優の麿赤兒が主宰を務める大駱駝艦は、1972年に設立された舞踏集団。自らの様式を「天賦典式」と名付け、身振りや手振りで構築された作品を数多く発表しており、これまでに5回にわたって『舞踊批評家協会賞』を受賞している。
同公演は人が幻想を抱き、求め続ける「パラダイス」を表現した作品。舞台は白の屏風で覆われ、床面の色も白となる。振鋳、演出を手掛けるのは麿赤兒。音楽はこれまでにも大駱駝艦とコラボレーションしているジェフ・ミルズと尺八演奏家の土井啓輔、ビジュアルの撮影と題字は荒木経惟が担当している。

今回観たのは、千秋楽である7月3日(日)の公演。
前回の『クレイジー・キャメル』は、一定のストーリーがありながらも"金粉ダンス"のイメージが強烈で、(前回のブログのエントリで知人が言ってたように)ショー的な要素が強かったこともあり、今回の新作では本来(?)の舞踏に戻るのか、と思いきや…。

全員白塗りの役者が舞台中央で身体を寄せ合い、凍えているかのように震えている。舞台全体も、上の記事にもあるようにほぼ白一色。はじまりは山海塾のように静かな感じだが、グリーンの衣装をまとった麿さんが役者陣の中央からのっそり出てきて、役者たちが客席に向かって一斉に雄叫びをあげる。
…てなオープニングから、アダムとイブを連想させるかのようなやりとりや、身体に蛇をまとった役者の踊るさまがホントに蛇のごとくくねって見えたり、ローラースケートまで出てきて踊っていたり、さらにはアンリ・ルソーの密林の絵が舞台に映し出されるなかで役者たちが踊ったり…。
(蛇足だが、ローラースケートにパラダイスとくれば、思い浮かぶ男性アイドルグループがいるけど)

思っていたよりも全体としてポップな舞台だったけど、現代への風刺も垣間見えたりして、麿さんの尽きない想像力というか構想力にあらためて驚かされた。また、そんな構成力を舞台上で実現させる大駱駝艦の役者陣も、スゴイというかナンというか。

そしてフィナーレ、前回もラストの場面がとてもカッコ良くてぐっときたが、今回も、舞台でのあれこれをひっくるめて昇華させるかのような、すばらしくカッコよいフィナーレで、胸に迫るモノがあった。
千秋楽だからか、カーテンコールが4回あったけど、客席のあちこちから飛ぶかけ声と、鳴り止まない拍手の余韻が、いまでも耳に蘇ってくる、そんな感じ。
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by t-mkM | 2016-07-08 01:48 | Trackback | Comments(0)

長嶋有を再読して

長嶋有という作家がいる。
これまでに、この人の小説をいくつか読んできたけれど、このところ、とんとご無沙汰であった。
で、先日、神保町の古本屋の店頭で長嶋有の文庫を見つけた。「2冊で100円」というのにもひかれ、他の文庫とともに買ってみた。

『泣かない女はいない』長嶋有(河出文庫、2007)

自宅にしばらく置いておいたら、Kが先に読んだらしく、「良かったので、ぜひ読むべし」と言う。
ほう、そうですか。と思いながら、「この本、読んだことがあったっけ?」と思い返すのだが、どうも記憶にない。でも、自分用のメモを見返すと、10年以上前になるけど、単行本で読んでいるのだった。あらま…。

さっそく読んでみたのだけど、主人公やらストーリーやら、いやもう、ほぼ忘れている。トホホである。でも、これがたしかに面白い。ったく、なんで覚えていないのか? どうしてかは分からないけど、なぜか当時は引っかかるところがなかったんだろうなぁ。

2篇の中編が収録されているけど、表題作である『泣かない女はいない』が出色。

時は90年代末、2000年に移ろうとするころ。大宮市郊外にある大企業の下請け会社に事務として中途入社した、30歳くらいとおぼしき若い女性が主人公。
この主人公の目をとおして描かれる、通勤途上での風景や社内での出来事、昼休み中のあれこれ、同僚の女子社員たちのささいな動向、社長のリストラなどなど、それらのいちいちがリアルで、2000年当時の雰囲気が蘇ってくるよう。KISSの「ハードラック・ウーマン」からボブ・マーリーの「ノー・ウーマン ノー・クライ」へと移っていき、ラスト・シーンへとつながっていく運びなど、みごとと言うほかない感じである。

もうひとつの収録作『センスなし』、こちらは雪国が舞台だけど、2000年直後のようで、時系列は2篇でつながっている。
デーモン小暮にスポットが当たりすぎているような気もするが、なんというのか、ある時点で人生をちょこっとふり返ったときの、"痛いさま"の切り取り具合が絶妙である。

なんで10年前に読んだとき印象に残らなかったのか、まったくもって不思議なくらいに、良かった。再読してみるものである。
遅ればせながら、長嶋有の『泣かない女はいない』はすばらしい、と声を大にする。
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by t-mkM | 2016-07-07 01:21 | Trackback | Comments(0)