「ほっ」と。キャンペーン

<   2017年 02月 ( 3 )   > この月の画像一覧

ひさしぶりの新宿にて

相方の提案により、自宅で使っているリビング・ダイニング兼用のイスを新調するべく、西新宿にある国産家具メーカーのショップに足を運ぶ。

気がつけば、いまのところに引っ越してきてすでに10年近く。そのころから毎日のように座っており、うち一つはもっと以前から使っていたものを引っ越し時に座面張り替えして使いつづけているので、まあどことなくくたびれてきているのも事実。
で、これまでにあれやこれやと検討してきた末、「ま、コレがいいのでは」という製品を決めていたので、最終確認のうえで注文することに。

無事に手続きが終わり、「ま、せっかく新宿まできたのだから」ということで、駅を突っ切って東口から3丁目方面にも足を伸ばすことにする。
ぷらぷら歩いてきたが、なんだか街ゆく人が多いような気がする。土曜日で祝日とはいえ、新宿っていつもこんなに人が多いのか? 新宿のメインエリアではあるけど、前へ進んで歩くのにも人のあいだを縫うようにしないとならない感じ。いやまあ、ホント、大げさで無く。

で、新宿通りの一本裏手、ディスクユニオンが2店舗ある、その間あたりに「BEAMS Japan」なる看板が出ているビルがあったので、なにげに入ってみた。
「Japan」とうたっているからなのか、生八つ橋など京都の菓子を売っているコーナーがあったりするが、とりあえず、エレベーターでいちばん上に行ってみる。

なにやら、「YACCO SHOW」なる展示が行われている。

“表参道のヤッコさん”ことスタイリスト・高橋靖子さんの展覧会「YACCO SHOW」が、1月14日より東京・B GALLERY (新宿 / BEAMS JAPAN 5F)で開催される。
高橋さんは、フリーランスのスタイリスト業として、確定申告の登録第1号となった人。

https://www.advertimes.com/20170105/article241695/
(会期は終了しているので、リンクは消えてしまうかも)

たしか、以前に古本屋で『表参道のヤッコさん』(アスペクト、2006)を入手したさい、「こんな人がいるんだ」と思ったのが知ったきっかけ。
この日、会場にはご本人もいらしていて、こちらがモノクロ写真の集まった展示を見ていたら、話しかけてくれた。なんでも、毎日会場にいるのだそう。見れば、来場者の誰とも気さくに話しをされており、その風貌や話しぶりや着こなしなど、身についた自然体の所作とでもいうのか、それが板について、さまになっている。

会場の展示を見ると、66年のビートルズ武道館公演のチケットとか、著名ミュージシャンのライブ招待状だとかあちこちにあって、ともするとイヤミな感じを受けそうだけど、そんな印象は不思議とまったくなくて、「へぇ」と素直に楽しめる。
現在、70代半ばのようだけど、こういうふうに年をとれるといいよなぁ、と感じさせるような人って(残念ながら)滅多にいないので、ちょっと感銘を受けた。

順次、階段を降りていくと、途中に「日本のポップカルチャー」がテーマの階があった。
目をひいたのはラジカセの展示、そして80年代あたりの風俗を撮った写真集がズラッとあったことか。また、ビームスが独自に編集したらしい、片岡義男の作品集も売っていた。30%オフだったので、名短編の呼び声もある「給料日」の入った冊子を買ってみた。


これ、さっそく翌日に読んだのだけど、再読した「給料日」もよかったが、『ミステリ マガジン』1968年10月号に掲載されたという「二十三貫五百八十匁の死」という短編、これがなかなか。タイトルが時代を感じさせはするものの、片岡義男って、この当時から優れた書き手だったんだなぁ。

いやまあ、なんだかんだで、たまには都会に出てみるもんだ、と思い知ったしだい。


[PR]
by t-mkM | 2017-02-14 01:12 | Trackback | Comments(0)

ごった煮宇宙的おもしろさの『ビビビ・ビ・バップ』

だいぶ間があいてはいるものの、これは『鳥類学者のファンタジア』の続編といっていいんだろうな。
たしか前作もけっこう長大だったと思ったけど、本作も660ページ。文芸誌『群像』に2年間にわたり連載されていたようだし。なんで、寝っころがって読むには不向き。寝しなに読みながら寝てしまい、チマチマとしか進まなかったけど、それは腕が疲れるため。

『ビビビ・ビ・バップ』奥泉光(講談社、2016)

「僕の葬式でピアノを弾いて頂きたいんです」
それがすべての始まりだった。
電脳内で生き続ける命、アンドロイドとの白熱のジャズセッション。大山康晴十五世名人アンドロイドの謎、天才工学少女、迫り来る電脳ウィルス大感染…。平成の新宿から近未来の南アフリカまで、AI社会を活写し、時空を超えて軽やかに奏でられるエンタテインメント近未来小説!

前作はと言えば、すっかり記憶の彼方ではあるけど、とても面白く読んだ覚えだけはある。
で、本作。ややもすると冗長になりがちな文体がちょっと気になるものの、いろんな題材がこれでもかとブチ込まれ、オモチャ箱を引っかき回すかの展開には目を見張るばかりで、『東京自叙伝』 以来、久しぶりの"奥泉ワールド"にどっぷり浸った感じ。

舞台は21世紀後半、それからもう少し下って今世紀末といっていい時期か。
語り手は猫、名前はドルフィー。
この続編の小説でドルフィーとくれば、絡んでくるのはもちろん、モダン・ジャズの巨人の一人、エリック・ドルフィー。
描かれるのは電脳が世界中に張りめぐらされ、AIやVRがとてつもなく進化した未来。
ジャスピアニストで音響設計士の主人公・フォギーが、多国籍&超巨大企業の重役である山萩氏から"架空墓"に関する依頼を受けて、その在処を尋ねるところから始まる。

自身の機械的な分身(アヴァター)がアンドロイドのミュージシャンと熱いセッションを繰り広げたり、分身どうしでVR(仮想現実)の街並みに入っていったり、しかもその分身どおしが寄席で落語を聞いたり、酒場で飲んだり議論を交わしたり…。まるでSFだけど、そこに大感染(パンデミック)の危機が迫ったりして、ミステリーや冒険小説?ふうのテイストも加わり、ジャズ・ジャイアンツの面々(チャーリー・パーカーやマイルス・デイビスなどなど)やら、落語の大看板(古今亭志ん生、立川談志)に将棋の名人(大山康晴)まで絡んでくる。
ラストでは壮大なるスケールの展開になってはいくものの、登場するアイテムは1960年代、70年代のあれこれで、著者の好みが反映されているのか、ちょっと可笑しい。

当時のジャズや風俗に詳しいと、より楽しめる事うけあいだけど、それに止まらず、AIが発達した先にある人間像とか、そんな哲学的な側面にも目配りの効いた内容で、文字どおりジャンル横断で楽しめる。


[PR]
by t-mkM | 2017-02-08 01:46 | Trackback | Comments(0)

『火星の人』を読み、『オデッセイ』を観た

もう以前になるけど、昨年に公開された映画の原作本を読み、今年になってその映画をDVDで観た。どちらも面白く、映画の方は繰り返し観たこともあったので、感想などを書いておくことにする。

『火星の人』アンディ・ウィアー/小野田和子(ハヤカワ文庫SF、2014)
以下はアマゾンの内容紹介から。

有人火星探査が開始されて3度目のミッションは、猛烈な砂嵐によりわずか6日目にして中止を余儀なくされた。だが、不運はそれだけで終わらない。火星を離脱する寸前、折れたアンテナがクルーのマーク・ワトニーを直撃、彼は砂嵐のなかへと姿を消した。ところが――。奇跡的にマークは生きていた!? 不毛の赤い惑星に一人残された彼は限られた物資、自らの知識を駆使して生き延びていく。宇宙開発新時代の傑作ハードSF。

『オデッセイ』リドリー・スコット監督(20世紀FOX、2015)
(日本では2016公開)

どちらの作品も楽しんだ身としては、読んでから観ても、あるいは観てから読んでも、たぶんどちらでも楽しめるのではないかと思う。
ただまあ、理系方面がとりわけ苦手だとか、中学校の理科なんて思い出すのもイヤだ、という方は、まずは映画からのほうがいいですかね。(そもそも、面白くないかもしれないが)

原作を読んで強く印象に残るのは、火星に一人ぽっちで置き去りという、これ以上ありえないような絶望的な状況のなか、あくまでも生還するべく、手近にあるものと自身の知識をもとに、とことん計画的に自らの「生存戦略」を進めていく主人公の姿勢、というか意志だ。

次の探査機が火星に来るまでに4年。それまで生き残るため、何が必要で何が足りないのか、食料や酸素などをどうやって確保していくのか…。それら一つ一つに計画を立て、実験を繰り返し、改良を重ねながら、連日、あれやこれやと活動し、食料や水や酸素を確保していくのである。途中、パスファインダーという実際にあった火星無人探索で使われた通信機器が埋もれた場所を思い出し、それをゲットしてNASAとの交信が復活するなど、現実の宇宙探索の歴史?ともリンクしながら進んでいく。その辺りの細かい演出もツボである。

その一方で、これでもかというくらいに、いろんなトラブルが主人公をおそう。なにせ一人しかいないし、気がつきようもないのだけど、主人公はひたすら前向き。もうおバカなくらい楽天的。そういった感じが、日記調の文面からとってもよく伝わってくるのである。

一方、映画はといえばほぼ原作に沿って、けっこう忠実に作られている。
NASAが全面的に協力したというだけあって、火星探索の装備や機器類などをはじめ、火星の居住エリアでの日常や、NASA上層部のやりとりなど、(もちろん、ホントかどうかは分からないながらも)かなりリアルに感じられた。
ただ、原作を読んでいないと「なんでこうなるの?」というようなシーンがあるのも事実。これは原作から抜け落ちたエピソードがいくつかあるためで、映画を141分に収めるためとはいえ、このあたりにはやや無理があるのかも。とはいえ、それらは映画的にキズかというとそうでもなく、原作を読んでから観ると理解が深まったりするわけで、繰り返し観る楽しみが増える要素とも言える。

また、エピソードが省略されたこともあって、火星サバイバルにおける主人公の実験的精神の徹底ぶりや、相当の長距離を移動してようやく救出拠点となる場所にたどり着く大変さなど、映像からはそれなりに伝わってはくるものの、原作に比べると十分とは言い難い。まあ、それは無いものねだりというものか。

原作にはない場面がラストに加わっているけど、これは作品としてのエンディングとしてもろもろ納得させられる。
(ここまで描かないとスポンサーの支持は受けられないのかもしれない)

宇宙モノのとして、久しぶりにとても楽しんだ1冊と1本。





[PR]
by t-mkM | 2017-02-01 00:58 | Trackback | Comments(0)