憲法、9条、どう?

古本Tでは、自らのサイトと平行してamazonマーケットプレイスでも
「古本t」(大文字がでないので小文字)として本を売っている。
じつはここのところ、あんまり売れていなかったのだが、久しぶりにまとめてお買いあげいただいたので、ホッと一息。



ここ最近は共謀罪やら教育基本法改正やらで政治ネタが占められていて、一時期よりは「憲法改正」に関する論調が後方へひっこんだようだけど、先日、ブックオフで手に入れたおいた『9条どうでしょう』(毎日新聞社)を読了。
執筆者である内田樹、町山智浩、小田嶋隆、平川克美の四人による、かなり個性的な憲法(9条)の見方が展開されていて、なかなか読み応えがあった。以下、内田による「まえがきにかえて」から、印象に残った箇所を引用。


 では、獄舎に閉じこめられた人はどうやって檻から抜け出すのか。西部劇やアクション映画では、主人公は鉄格子の隙間を抜けることのできるものを利用して、壁にかかった鍵束を手に入れる。(中略)
 たくみな「言葉使い」は、彼の本体を閉じこめている檻の鉄格子の外に言葉だけを逃すことができる。そして、外に出た言葉だけが扉を外から開けることができるのである。


そうした”言葉”を使いこなせる書き手として、この本の四名がいる、というわけ。新聞やテレビで見聞きする議論とは違った角度から、しかも「右」だ「左」だ「改憲」だ「護憲」だ、といったところとは異なる位置から繰り出される、「現在の憲法改正には反対」という四名それぞれの論には、説得力がある。
総じて言えば、「もっと大人になれよ」ということ、かな。



もう少し憲法のことを考えてみようかと、今日の夕方出かけたついでに、『憲法とは何か』長谷部恭男(岩波新書)を購入。

さてっと、ビールでも飲みながら読むとするか。
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# by t-mkM | 2006-05-20 00:00 | Trackback(1) | Comments(0)

最近のニュースから

ここ1, 2日の間に目にしたネット上のニュースなどから、ちょっと気になるものをピックアップ。

まずは昨日のネタのつづき。
「キリストに子ども」ダ・ヴィンチ読者6割が信じる(ZAKZAK)
ま、そりゃそうでしょうな。
しかし、ミステリー小説なのに、こうしてだんだんと中身が知られてしまうのは、ベストセラーの宿命か。

危ない場所はここ 『機会なければ犯罪なし』(東京新聞)
犯罪社会学の先生が言われていることに、大きな異論はないのだが...。
その一方で、なんとなく違和感というかシックリこないものも感じてしまう。自分の住む街が安全になるにこしたことはないけれど、路地の隅々まで見通しがよくなってしまい、住民ぐるみで「危険な区域」を見張るようになってしまうのも、ちょっとどうかと。
いまどきの小学生は、学校帰りに寄り道なんてしないのだろうか。

ブックオフ、パート出身の橋本真由美常務が社長に(asahi.com)
各地でお世話になっている店のことでもあるので、いちおうメモ。
これで、どうしてブックオフの宣伝に清水国明が出ているのか、ギモンが解けた。同じような人、たくさんいるのでは?
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# by t-mkM | 2006-05-18 13:06 | Trackback(2) | Comments(0)

ベストセラーのうちに読んでみた


読みました。
いま話題の『ダ・ヴィンチ・コード』ダン・ブラウン(角川文庫)

先日、相方のKが、何を思ったのか急に文庫本の『ダ・ヴィンチ・コード』を買いこんで読んでいる。せっかくなので、Kが読み終わった「お下がり」を順次、文庫本で読んできたというわけ。

映画の公開を目前に控えているせいか、テレビやラジオでは関連(便乗)した番組が目立つ。森美術館では、そのものズバリの「ダ・ヴィンチ・コード展」をやっているし。

思えば、そんな「今が旬」の本を読むなんて久しぶりか。
これまで、たいていの場合は、盛り上がった時期をはるかに過ぎた後になって、映画や本を見たり読んだりしてきたような気がするなぁ。

で、『ダ・ヴィンチ・コード』はどうだったのか?

面白かった。いやホントに。
巷で盛り上がるのも分かる気がする。
小説は文庫本にして3冊、800ページ余りの長丁場なのだが、テンポのいい場面転換ともあいまって、ページをめくるスピードは最後まで落ちない。横文字カタカナの登場人物が苦手のKでさえ、すんなりと読めてしまうのだから、翻訳とはいっても読みやすさはバツグン。(ホント、最近の翻訳小説は、訳文がこなれてきたと思う)

解説の荒俣宏によれば、キリスト教の聖杯伝説をめぐる最近の研究成果をガーっと取り入れて、しかもミステリー仕立てにした読ませる小説、ということらしい。

ただ、こちらの持っているキリスト教やヨーロッパの歴史についての知識が乏しく、しかも体系立ってアタマに入っていないせいなのか、登場人物たちが「なぜそこまで謎解きにこだわるのか」が、いまひとつ腑に落ちない感じ。
とりわけ後半にいたって、そういう印象を持った。

ま、でも、これを機にキリスト教の歴史を表からも裏からもベンキョウしてみるのも、おもしろいかも。

ちなみに、バチカン枢機卿は映画の公開を心配されているようです。
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# by t-mkM | 2006-05-17 18:39 | Trackback | Comments(0)

葉山へ、ライブへ

昨日の土曜日は、相方のKにつきあって葉山へ。
Kも日記に書いてましたが、先月から「葉山芸術祭」というイベントが町全体で行われているようで、今年で14回目とか。昨日参加してきた森山神社での「青空アート市」は、同じ会場で行われるライブとともに、その芸術際の中でもトリを飾るイベントらしい。

あいにくの雨模様で、出店している店もかなり少なかったのだけど、けっこうな数のお客さんが来ていたのは、14回目という積み重ねゆえか。

お目当てだった梅津さん多田さんらの「うっちゃんた!ミーオ」のライブ、メンバーの到着が遅れるというハプニングがあったものの、途中で梅津さんと踊り出す女性がいたりして、盛り上がりました。しかも多田さんの歌やトム・コラの曲も演奏されたりして、なかなか幅広いレパートリー。
久しぶりのライブ、堪能しました。
梅津さんによるリードの音が、まだ耳に残っているような感じ。

じつは葉山へ行ったのはこれが初めて。
昨日は雨のうえにエラく寒かったので、ライブが終わって早々に帰ったのだけれど、もっと時間をかけて、あちこち歩いてみたい場所ですね。
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# by t-mkM | 2006-05-14 18:42 | Trackback | Comments(0)

世界文学としての村上春樹

遅ればせながら『文学界』5月号をパラパラと。
いくつか面白い記事があったのだけど、いちばんの収穫はロシア文学の研究者で翻訳家でもある沼野充義氏による「ロシアの村上春樹」と題したルポルタージュだった。

すでに村上春樹が日本の作家というよりも世界の作家となっているのだそうで、それは先日報道されていたカフカ賞受賞からもうかがえるかもしれない。
(なにせ、次はノーベル賞か? ってな感じの賞らしいし)

日本にいると、「世界」といっても英語圏に偏りがちだけど、いま村上春樹が「熱い」ブームになっている地域は中国や韓国で、とりわけ注目されるのはロシアなんだとか。
はじめて村上の小説がロシア語に翻訳されたのが1990年代末だというから、紹介されたのは最近だ。でも、ここ数年のうちに代表作はほとんど翻訳されて、いまやモスクワにあるたいていの書店はいうにおよばず、地方の駅の売店や道端の屋台でも村上の訳書を買えるらしい。
ここ最近のロシアでは、村上小説がえらい速度で浸透していることがうかがえる。

ルポは、最初に村上小説の翻訳者となった青年(最初に翻訳されたのは『羊をめぐる冒険』)や若い文芸批評家、三島由紀夫の翻訳を手がけた評論家で小説家、といった人々へのインタビューを中心に、最近のロシアにおける文芸批評家による記事なども引用して構成されている。

その中で、興味をひかれた部分を要約的に書き出すと、
・村上は小説において説教しない。もっと仏教的なアプローチ、つまり誰に対しても教師としてふるまわずに登場人物たちをある状況に置く、ただそれだけだ。
・「村上=アメリカ的」説に加えて、「村上=日本的<モノノアワレ>」説がある。
・ロシアでの村上人気と日本料理の流行は互いに本質的に関係しあっている(沼野氏による仮説とのこと)。
・いまのロシアは10ー15年間と比べると冷たい状況。政治への関心も低下して自分のことしか考えない、研ぎ澄まされた個人主義の時代だ。
などなど。

最後の指摘などは、いまの日本にも当てはまるようにも思えるし、そうした状況下だからこそ村上の小説が急速に受け入れられているのだろうか。などと考えると、さらに興味が増してくる。

『文学界』は6月号でも、先日行われた「世界は村上春樹をどう読むか」という国際シンポジウムを特集しているようなので、合わせて読んでみるつもり。
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# by t-mkM | 2006-05-12 18:13 | Trackback | Comments(0)

フリーロケーションな古本屋?

たまに見ているbooplogという出版情報ブログを経由して、
フリーロケーションな新刊書店(by 難儀日記)
という日記のエントリを読んだ。

この日記によれば、

でも、お客様が「指定買い」ばかりで、「どの本がどの棚にある」というデータベースがあって、端末で検索したらすぐにその場所がわかるのならば、ジャンル別や版元別に並べる必要がありません。

「フリーロケーション(フリロケ)」はこの考え方がベースになってます。

とのこと。
つまり、集中(一元)管理されてはいるけれど、本はバラバラに置かれている、といった状態をさすと思われます。

この日記では、そうしたフリロケな新刊書店というのもアリではないか、という結論なんですが、このフリロケ、古本屋ならたまに見かけますよね。

どう見てもジャンル分けされているとは思えない本たちが一緒の棚に収まっている、とか、雑多な本やら雑誌やらが床から積み上がっていて触れるだけで崩れそう、とか。それでいて、本を手にとると、ちゃんと値段がついていたりする。
フリーというよりも、むしろアナーキーと言ったほうが似合っているような状態の古本屋。

じつはワタクシ、そうした古本屋さんが嫌いではありません。
いえ、むしろその手の古本屋さんのほうにこそ、心ひかれますね。
(といっても、きちんと整理されている本屋が嫌いとかダメと言っているわけではありません、念のため)

整理されたフリーロケーションな古本屋。
いいかもしれませんね。
(もちろん、リアル店舗がないとできませんが...)
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# by t-mkM | 2006-05-10 16:20 | Trackback | Comments(0)

新聞記事

そういえば昨日、8日の産経新聞に、
「ネット古書店が神田神保町に進出 過去最高の業者数」
という記事が出ていました。
しかも、一面のトップで。

この手の記事が一面に来るなんて、産経以外のほかの全国紙をふくめても、ちょっと珍しいような気がします。

記事の中で、

 約700の古書店でつくる東京都古書籍商業協同組合は今年、加盟条件から「店舗開設」の項目をはずした。これまでは店舗か、それに類する事務所が必要で、ネット古書店の多くは加盟を断念していたという。

とあるのですが、この加盟条件の変更は知りませんでした。
今後は、ネット専業の古書店が組合に加盟するケースが増えていくのでしょうか。

古本Tもどうするのか、考えなくては?
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# by t-mkM | 2006-05-09 17:06 | Trackback | Comments(0)

竹中英太郎って、知ってます?

先日、近所の本屋で『SFマガジン』6月号を立ち読みしていたら、
書評のページで長山靖生氏が
『美は乱調にあり、生は無頼にあり—幻の画家・竹中英太郎の生涯』備仲臣道(批評社)


という本を取り上げていた。

長山氏によれば、竹中英太郎とは江戸川乱歩や横溝正史らの小説に挿絵を描いた人で、その独自の画風で知られている、とのこと。その一方、労働運動にも深く関わっていたようだ。
なかなか面白そうなので、帰ってさっそく図書館にリクエストしてみる。と、運良くすぐに借りられた。(新刊なんだけど...)

竹中英太郎は1906年、九州は福岡市の生まれ。幼少から優秀で、熊本中学に入るも学資がつづかずに退学。熊本警察署の給仕となるのだけど、そこで刑事たちが押収してくる「不穏文書」、つまりアナーキズムや社会主義に関連した印刷物をこっそり読むうちに、そうした革命運動に共鳴していく。ついには大杉栄の虐殺に報復するべく単身上京するまでに。
上京後の糊口をしのぐため、雑誌に挿絵を書き始めたのをきっかけに、著名作家の挿絵を担当して頭角を表していく。だが、自らの思想や私生活上の苦悩から、29歳で挿絵とは決別する。
そうした中、結婚して生まれた息子が、あの竹中労である。
またこのあたりは、当時の社会状況も平行して書き込まれていて、戦争という大状況に個人がどうやって関わったのか(翻弄されたのか)という点でも、興味深かった。

戦後は再婚相手の実家がある山梨に居を構え、山梨県下で労働組合の結成や地方労働委員として奔走するかたわら、後年、息子である労の著作に挿絵を描くことで画家としても「復活」する。

今年は竹中英太郎の生誕100年。
この本もそうした区切りとして出版されたようだけど、息子である労とともに、再び注目が集まると面白いかも。

参考までに、「竹中英太郎」でググってトップに出てきたサイトを。
竹中英太郎
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# by t-mkM | 2006-05-08 11:18 | Trackback | Comments(0)