近所の図書館に行ったら、芥川賞受賞作である『ハンチバック』の掲載号があったので、借りてきてさっそく読んだ。
『ハンチバック』市川沙央(『文藝春秋』2023年9月号所収) 2段組とはいえ、全文36ページなので、そう時間かからずに読める。 著者ご自身が障害者でもあることから、すでに各方面で話題にもなっていて、それらをいくつか見かけてもいる。 で、改めて小説を読んで、いやまあ、絶賛にも近い状況となっていることについて、もさもありなん、と思った。強烈なインパクトである。 扱われている事柄も、その具体的な描写も、主人公が周囲を見ている目線、そして内面のありようも、全くもってなかなかにすごい。 …”すごい”というのも舌足らずではあるのだけど、ちょっと言葉が見つからない感じ。 芥川賞の選考委員である吉田修一が、この小説を「とにかく小説が強い」と評していたけど、まさしくその通りで。 一方、他の選考委員では(少数だけど)異論もあって、松浦寿輝は、 …複雑な層をなしているはずの主人公の心象の、いちばん激しい部分を極端に誇張する露悪的表現の連鎖には辟易としなくもない。この辟易感は文学的な感動とはやはり少々異質なものではないか。 と書いていたけど、この感じもまあ分かる。 とはいえ、各選考委員も揃って評価しているとおり、そういう”辟易感”をも超えて、読み手の内部を抉るかのようなインパクトがあることも明確ではないか。 なお、受賞者インタビューのなかで、著者はこんなことも言っている。 — 読書だけでなく「書く」ことにもマチズモを感じることもありますか? 著者の次作が楽しみだ。 #
by t-mkM
| 2023-11-29 02:06
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久しぶりのエントリは以下の本から。 『日本の歪み』養老孟司 x 茂木健一郎 x 東浩紀(講談社現代新書、2023) いろいろと興味深い箇所があったのだけれど、印象に残っているところを、少し長くなるが写経した。 日本語は事実確認に向いていない #
by t-mkM
| 2023-11-16 02:43
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久しぶりになるけど、今回は『月刊 みすず』2023年8月号。 これが紙媒体では最終号となるようだ... 近年の雑誌の中では、充実した論説等が載る数少ない「紙の雑誌」だと感じていただけに、たいへん残念である。 で、その中から、目に止まった箇所をピックアップ。 「忘れる、繰り返す、変化する」藤山直樹 から…東京の江戸前の鮨屋には圧倒的に「おまかせ」のスタイルが隆盛している。基本的に予約制で、座ったら客は飲み物だけを注文する。すると、何品かの抓みがでて、そのあと鮨が供され、最後に巻物で玉子で一通り、ということになる。昔からあった江戸前の鮨のシステム、すなわち「お好み」のスタイルは、とにかく客が食べたいものを言えば親方が出してくれる、というシステムだ。抓みを食べずにいきなり握ってもらってもいいし、おいしいと思えば何貫か同じネタを握ってもらってもいい。つまり親方は客の注文に合わせて仕事をする。それに対し、「おまかせ」では親方は自分のペースで抓みと鮨を出していけばいいので接客がずいぶん楽になる。しかも、人数分の食材を仕入れておけばいいので食材の無駄が省ける。一方、客は好きなものを食べたいだけ食べる自由が奪われるのだが、食材の無駄が少ない分、払う金が少なくなることが期待できる。また、接客やデートが目的で鮨屋に行く客にとっては、次に何を食べるか考えることなく、自動的に鮨が出てくるほうが都合がよいかもしれない。 #
by t-mkM
| 2023-09-12 01:42
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へんなタイトルを掲げてしまったが、こんな本を読んだから。
『ポスト新自由主義と「国家」の再生』ウィリアム・ミッチェル+トマス・ファシ / 中山智香子 監訳、鈴木正徳 訳(白水社、2023) 副題に「左派が主権を取り戻すとき」とあるので、スタンスのはっきりした著書、と言うことは分かる。第一著者はMMT(現代貨幣理論)の提唱者の一人。 本文だけでも370ページほどのボリュームで、経済学のシロウトにはなかなか歯応えのある内容でもあり、手短かに紹介するのはちょっとしんどいので、監訳者の中山氏によるあとがきを手がかりに、以下、まとめてみる。 本書は第1部(第1章から第6章)と第2部(第7章から第10章)からなる。本書の意義は、MMTが必ずしも一枚岩ではないこと、またMMTが特にイギリス、フランスなどEU地域の新自由主義の台頭と展開の歴史に即して考察を行い、MMTが現代のグローバル世界の文脈において意味を持つこと示した点にある。 …、とまあこんな感じ。 MMTというのが、うまく紹介しにくいのだが、比較的分かりやすく書かれている部分を以下に引いておく。 現代の通貨は、政府が貴金属との交換を約束していないため、法定不換通貨と呼ばれる。(中略)その価値は「命令」によって宣言される。つまり、政府は、ある硬貨の価値は例えば50セントだと発表するだけでよく、50セントの価値に相当する貴金属の準備を保有している必要はない。その結果、自国通貨を発行する政府は、もはや自らの支出を「賄う」必要はない。技術的には、必要な資金を「無」から生み出すことができる。こうした政府は、システム内の流動性の水準が金準備などによって制限されていないため、租税や民間部門への国債売却を通じて自らの支出を「賄う」必要はないのである。言い換えれば、政府はブレトン・ウッズ体制下では存在していた収入の制約を受けない。現実には、オーストラリア、イギリス、日本、アメリカのような通貨発行国の政府は、「資金不足に陥る」ことや支出不能に陥ることはない。これらの政府は常に、自国通貨で支出する無制限の能力がある。つまり、自国通貨建てで売られる財やサービスがある限り、政府は何でも好きなものを買うことができる。少なくとも、遊休労働力をすべて購入し、生産的用途に戻すことができる。 本書の第8章は、MMT入門の章で、上記の引用もそこからだけど、他にも第9章では”ジョブ・ギャランティ”という仕組みが紹介されており、それはいわゆる”ベーシック・インカム”よりも優れている点が説明される。 本書は、最後の「結論 国家へ回帰せよ」で、こんなふうに結ばれる。 今日、右派が勝利しているのは、国家主権を移民排斥主義的、ナショナリズム的、さらには人種差別的な言葉で定義する、集合的アイデンティティの強力な物語を紡ぐことができているからでもある。したがって、進歩主義者は、帰属意識や連帯感に対する人間の欲求を認識した、同じように強力な物語や枠組みを提供できなければならない。その意味で、国民主権の進歩的ビジョンは、文化的・民族的に均質化された社会ではなく、(中略)国民が「民主的な保護、民衆支配、地方自治、集合財、平等主義的伝統」に避難できる場所として、国民のための国家を再構築し再定義することを目指すべきである。これは、相互に依存しながらも独立した主権国家を基礎とする、新たな国際(主義)的世界秩序を構築するための必要条件でもある。 類書とも比較して読んで、もう少し勉強してみたい。 #
by t-mkM
| 2023-09-05 01:49
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なんだかたいそうなタイトルにしたけど、こんな本を読んだから。 『アナキズム美術史』足立元(平凡社、2023) 副題に「日本の前衛芸術と社会思想」とある。 480ページ近いボリュームで、本文に限っても430ページほどあるんだけど、図版も(小さくてモノクロだけど)ふんだんに盛り込まれており、わりとサクサク読んでいける。 どんな本なのか? 最後の「結」で書かれてあるところを以下に引く。 本書『アナキズム美術史』は、拙著『前衛の遺伝子 アナキズムから戦後美術へ』(ブリュッケ、2012)を、加筆修正して復刊するものである。 そして、ちょっと飛んで「結」の終わり部分でこうも書いてある。 「アナキズム」に関しては、たしかに本書ではそれを出発点とし、その歴史を重視している。だが、大杉栄がそれを「どうかすると少々厭になる」というように、単純にアナキズム万歳を訴えているわけではない。むしろ本書では、アナキズムが敗れて伏流水となり、見えなくなっていく有様を描くところが大部分を占める。「美術史」に関しては、本書ではむしろ絵画や彫刻といった「美術」の枠をはみ出したものに注目し、むしろ多領域をまたいだ「芸術史」を標榜している。 で、最後にはこう結ばれる。 現在の、成功や経済効果ばかりを喧伝するアートとその旗振りにはうんざりだ。権力や流行へは批判的に、無名でも地味でも貧乏でもいい、社会的な意識があっても硬直したイデオロギーからは自由に、たとえ失敗しても何かを残す。そのような表現をしたい、見たいという人々と、本書が描く歴史の物語を分かち合いたい。 たまたま見かけて読んだ本だが、全編にわたって興味深く読んだ。 中でも、 「第6章:大東亜モダニズム建築」 「第7章:占領期の前衛芸術をめぐる統制と分裂」 そしてこの復刊で追加された「第10章:超克と回帰ーープロレタリア美術運動から日本美術会へ」 #
by t-mkM
| 2023-09-01 01:31
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