最近の収穫、ほか

まもなく、都議会議員の選挙、である。
職を得て東京都民となってからこっち、都知事、都議会、区長、区議会と、都民・区民に関連する選挙ではあんまり迷わずに毎回投票してきたけれど、今回ばかりは、なかなか悩ましい感じである。
ま、ぶっちゃけて言えば、都議会の与党も野党も、そして今回新しくできたところも、みーんなひっくるめて、これまでになく、かなりイマイチであるからなんだが。ちょっとふり返るだけでも、築地市場の移転問題ばっかりがクローズアップされているのもなんだかなぁ、な感じだし、東京オリンピックに向けた費用分担はどこに行ったんだ!? これは争点にならないのか? 巨額の予算をどうするのか、という点ではどちらも同じくらいの重要度じゃないのか、とも思うのだが。
マスコミの動向調査などもあちこちで出てるけど、都議選のその後までも含めて考えると、どうももやもやした感じが…。

で、最近まとまって本の感想など書いている機会がないので、以下、簡単に最近の収穫を。

『花の命はノー・フューチャー: DELUXE EDITION』ブレイディみかこ(ちくま文庫、2017)

絶版だった名著に、新たな書き下ろし、未収録原稿を約200頁も加えた最強版!移民、パンク、LGBT、貧困層…地べたからの視点から“壊れた英国”をスカッとした笑いと、抑えがたい抒情ともに描く。「花の命は…苦しきことのみ」の言葉とともに渡った英国ブライトンで、アイリッシュの連合いと過ごす、酒とパンクロックの日々。
(以上はアマゾンの内容紹介から)


デビュー作の単行本に書き下ろしを大幅に加えて文庫化、というので新刊で購入して読んだ。
イギリス在住の著者が定期的に送ってくるネット上の配信記事を以前からよく読んでいる。反緊縮を鮮明にした「地べたからの視点」という立ち位置で、それなりに評判だったものの、イギリスが国民投票でEU離脱を決めた頃くらいから、あれよという間に注目の書き手に。著作も次々と刊行されている。

最近の文章と比べてみると、もう明らかに「若いよなぁ」という感じなのが、なかなか微笑ましいけど、そのスタンスは当初から一貫し、ぶれるところが無い、ということがあらためてよく分かる。
作家の佐藤亜紀が帯文を寄せていて、絶賛しているのもちょっと意外で注目させられる。

もう一冊。

『鬱屈精神科医、占いにすがる』春日武彦(太田出版、2015)

精神科医は還暦を迎えて危機を迎えていた。無力感と苛立ちとよるべなさに打ちひしがれる。しかし、同業にかかるわけにもいかない。それならいっそ街の占い師にかかってみようと思い立つ。はたして占いは役に立つのか。幾人もの占い師にあたっていって、やがて見えてきたもの……。人間が“救済"されるとはいったいどういうことなのか。私小説的に綴られる精神科医の痛切なる心の叫び。
(以上はアマゾンの内容紹介から)

筆致としてはとってもシニカルで、でも時にはコミカルにも響くような文体ではあるものの、語られる内容は上にもあるとおり、一貫して全編をとおして鬱屈している。
占い師と面と向かった際、「精神科医です」と自らの職業を述べると、とたんに警戒されるとあるけど、そりゃそうだろう。著者も、精神科医と占い師は似たようなところがあるというとおり、ある意味、人生相談めいたところにも踏み込まざるを得ないだろうし。精神科医は科学と、占い師は(例えば)タロットなどを手がかりに、悩み事に対する解決(解答)を示唆する、ってのも似てるし。

本書の中で、つらつらと自己分析を(鬱屈しながら)繰り返すなか、母親との関係が思いのほか自分自身の中で重い位置を占めていたことに気づく。要するに、自分が行うことについて、妻はもちろんだが、母親に認めてもらえるかどうかが自己評価の基準になっていた、というのである。この気づきの箇所は、自分自身における両親に対する思いなどもふりかえさせられた感じで、印象に残った。

全体として、結局のところ自虐ネタ?という気がしないでもないけど、自己分析を繰り返す文章それ自体がとても読ませる。


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# by t-mkM | 2017-06-29 01:13 | Trackback | Comments(0)

じわじわくる映画『メッセージ』

日曜日、ひさしぶりにロードショーの映画を観に行った。

『メッセージ』監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ(原題「ARRIVAL」、2016)
公式サイト → http://www.message-movie.jp/

原作は、ベストSFランキングの類いでは必ず上位に顔を出す、テッド・チャン『あなたの人生の物語』という短編。知ってはいるけど、まだ読んだことはない。
ネット上で映画評論家の人が、「これまでのSF映画のなかでも画期をなす作品」みたいな絶賛レビューを書いており、「へぇ、それなら」と、観てみる気になったのだ。TOHOシネマズ日本橋にて鑑賞。そう広くない劇場ではあったけど、けっこう入っていたな。
ストーリーを記せば以下のとおり。

突如地上に降り立った、巨大な球体型宇宙船。謎の知的生命体と意志の疎通をはかるために軍に雇われた言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)は、“彼ら”が人類に<何>を伝えようとしているのかを探っていく。
(以上、公式サイトより)


眠くなるか、なんて思ったけど、まったくそんなことはなくて、最後まで画面に引きつけられていた。
で、引きつけられてはいたけれど、最後に「ARRIVAL」のタイトルが現れて「はぁ、なるほど…」とは感じたものの、もやもやとした疑問がアタマに残りつづけ、釈然としない気分がある。ちなみに、エンドロールがはじまると、すぐに席を立って帰る客が一定数いて、「最近じゃめずらしいかも」とちょっと思ったりしたけど、たぶん似たよう消化不良感を抱えていたんだろうなぁ。

言ってみれば「ファースト・コンタクト」ものの一変種。
ただ、その「コンタクト」を媒介するのが、映像化しにくいと推測される「言語」である、というところと、現実世界の状況がわりとリアルに(というか身もフタもなく)ストーリーに反映されているのがミソ、かな。

映画のなかでとくに印象的だったのは、ヨハン・ヨハンソンによる音楽と、それに響き合うかのように繰り返し描写される、彼らエイリアンの発する"言葉"、というか"文字"。あんまり詳しく書けないけど、円環をなすかのような、まるで墨絵みたいな文字で、表義文字、という分類になるらしい。この円環をなす、という文字のビジュアルが、キーとなる人物の名前や、映画自体のやや込み入ったストーリーとも絡まるところがある、とも言える。

冒頭から何度もフラッシュバックする主人公とその娘との交流シーンと、エイリアンの出現に混乱しつつもコミュニケーションをはかろうとする各国の努力にも関わらず、結局は暴力へと転化せざるを得ないような社会の現実とせめぎ合うメインのストーリーが、ラストで交錯することになる場面での驚きと含意は、なかなか言い表すことができない。ハッピーエンドか、バッドエンドかを超えて、むしろ見終わってからのほうが、その意味を考え続け、じわじわくる気がしている。

エンディングが分かった上で、さらには原作も読んでから観ると、また異なった印象になるのかも。ともあれ、ぜひまた再見したい。



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# by t-mkM | 2017-06-21 01:00 | Trackback | Comments(0)

週末は鎌倉

先週末の土曜日、古本Tの本を委託販売してもらっている、鎌倉・ヒグラシ文庫へ。
目的は精算&本の補充。なんだけど、なんだかんだで時間の過ぎるのは早く、今回は2ヶ月ぶりのヒグラシ文庫行き。
そしてこの日は「ブックカーニバル in カマクラ 2017」の当日。
公式サイトは→ https://bookcarnival.jimdo.com/

店に着いてみると、このイベントに連動する企画だとかで、ヒグラシ文庫の店内でも一箱古本市が開催中。カウンターの上はもちろん、カウンター下にまで、お客さんから持ち寄られた本が屋号とともに段ボール箱に入れられ、所狭しと置かれている。ホント、カウンターの空きスペースも無い感じ。しかたがないので、なんとか隙間をひろげ、売り上げたスリップの枚数を数え、金額を計算していく。
このところ、本の売れ行きはいまひとつといったところ。その傾向はどうやらいまだに続いているようで…。ま、でも、以前に出した本も着実に売れてはいるようなので、とりあえずは良しとするか。
在庫の冊数なども確認し、補充の本を入れていくと、棚は満タンになった。

当初の目的はこれにて終了。
この日、おなじくヒグラシ文庫で本を販売している「港の人」U氏も精算に来られていて、少し立ち話(って当たり前か)。近く「港の人」から出版予定の本について、あれこれ興味深いことをうかがう。実物を見るのがちょっと楽しみである。
それにしても港の人、精力的に本を出されてるよなぁ。

そういえば作業の途中、この4月から新しく古本担当になったタケさんより、正統レモンハイをごちそうになった。気配りの人だなぁ、タケさん。ありがとうございました!

その後は、すべてハヤカワ文庫のSF、しかも相当にマニアックな品揃えの一箱を出されていたご夫妻とタケさんとで、ひとしきりSF談義に花が咲く。小説にはじまり映画やアニメなどなど、いやまあ、よく読んでいらっしゃる(&見ていらっしゃる)こと。いろいろと参考になりました。

ここでヒグラシ文庫を後にし、御成通りを経由してブックカーニバルの古本市会場である由比ガ浜公会堂へ。しばらくぶりの由比ガ浜通りだけど、更地になって建て替えをしているところがチラホラ。それなりに景気はいいのだろうか、このところ新陳代謝の頻度が高いことをここでも実感する。

会場である公会堂2Fへ行くと、入口右脇にmondobooksさんとレインボーブックスさんが並んでいて、しばらくぶりでご挨拶。
会場を一回りして、本も購入したんだけど、途中で大船の飲食店(飲み屋中心)のことを書いているフリーペーパー「大船ヨイマチ新聞」をいただいた。そのフリペが3年分で3部(つまり1年で1部)。今年が創刊号らしく、昨年と一昨年は準備号とか。帰りの電車でよく見ると、これがなかなか面白い。店の取材など、気合いが入っていながらも、いい具合に脱力している微妙な間合いがなんとも言えない感じで、つい読んでしまう。

帰りがけ、レインボーブックスさんに挨拶すると、なぜか公会堂の出口まで階段降りながら送ってもらうことに。ぜひいつかまた、どこかの一箱古本市でご一緒しましょう!

つづいて、第2会場である「Garden & Space くるくる」にも足を伸ばす。
これまで、気になりながらも実物を見たことがなかった『はま太郎』というミニコミ誌があるんだけど、その発行元の方が出店しており、前から気になっていた横濱市民酒場のことを取材・まとめた本を購入。ヒグラシ文庫で本を委託販売していることを伝えたら、名刺までいただいた。それにしても、こんな飲んべえ御用達(といっては失礼なんだけど)のようなミニコミを作っているから、さぞかし…と思いきや、ナント意外にも、さわやかな若きお二人でした。

駅への帰りがけ、暑いし、ちょっと休憩していこうかと高崎屋本店の立ち飲みスペースへ。ギネスビールを飲んでいると、中年男女が来てビールを注文後、店の人に声をかけ、小さなフリーペーパーを店内に置いている。聞けば、「かえると散歩」という折りたたむと手のひらサイズのフリペで、鎌倉界隈でいくつかの店に置かせてもらっているのだとか。
ネットでググると、2008年12月から毎月発行とある。いや、まったく知らなかったなぁ。

鎌倉周辺が観光地ということもあるだろうけど、フリペという文化が根付いてきた、ということか。この日にブックカーニバルが開催されたこともあるだろうけど、いつもの鎌倉散策とはちょっと違った収穫、発見の一日ではあったかな。


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# by t-mkM | 2017-06-13 01:02 | Trackback | Comments(0)

山本周五郎の『虚空遍歴』

finalventさんというブロガーがいる。ネットでは、いわゆるアルファ・ブロガーなんて言われてたころからの著名なブロガーのおひとり。いまでもツイッターなどをわりとよく拝見しているけど、この方が"人生の書"としてオススメしていたのがこの本。

『虚空遍歴 上・下』山本周五郎(新潮文庫、1966)

以下はアマゾンにある上巻の内容紹介。

旗本の次男、中藤冲也が余技として作る端唄は、独得のふしまわしで江戸市中のみならず遠国でももてはやされた。しかし冲也はそれに満足せず、人を真に感動させる本格的な浄瑠璃を作りたいと願い、端唄と縁を切り、侍の身分をも棄てて芸人の世界に生きようとする。冲也の第一作は中村座で好評を博するが、すぐに行き詰り、妻も友をも信じられぬ懐疑の中にとじこめられてしまう。

そして下巻では、人形浄瑠璃の本場である大阪を目指し、江戸を出るのだが、ようやくたどり着いたその大阪の地でもいろいろあって失敗してしまい、飲めない酒に浸っていく。さらには京都でも右往左往し、そして近江から金沢へと北陸を遍歴しながら、自らの浄瑠璃「冲也ぶし」を完成させようと孤独を深めつつもがくのだが…

この小説は、『樅の木は残った』、最後の作品である『ながい坂』とともに山本周五郎の三大長篇と言われるそうだけど、じつはどちらも読んだことはない。ただ、これまで読んできた周五郎作品と比べても、なかなかに、というかずっしりと、重い。下巻のカバー紹介文に、「おのれの人生を芸道との孤独な苦闘に賭けて悔いることのなかった男」とあるのだけど、主人公の冲也に対して、作者はこれでもかというくらいに試練や愚行を繰り返させる。いやぁ…。

じゃあ、読み進めるのが難儀なのかというと、そこはさすが山本周五郎というか、つづく展開が気になってページをめくってしまい、その感じは最後まで変わらない。
そんなリーダビリティは、じつは小説の構成によるところもあって、おけいさんという、冲也の端唄に衝撃を受け、江戸を出た旅の途中から遍歴にも同行することになる女性からの視点による独白文が、定期的に差しはさまれる。この、冲也の内面を観察するかの別視点による文章が、小説をテンポよく進めているように思えるし、「あーあ」というような失敗を冲也が起こすような場面でも、読者目線による"救いの手"?のような効用があるとも言える、か。

ただまあ、読ませるとはいえ、自らの芸を極めようしつつも、自滅していくかのような振るまいを繰り返す冲也という人物を、どう捉えればいいのか。
おなじく下巻のカバー紹介文の最後に

「人間の真価はなにを為したかではなく、何を為そうとしたかだ」という著者の人間観を呈示した長編

とあるので、まあそうか、と納得できなくはないけど、それでも、「山本周五郎は何を言わんとしたのか?」という問いは、読み終わってもいぜん残り続ける。この小説に関しては、しばらくはたびたび思い返すことになるのかも。この、ある種、独特な読了感を思うと、「人生の書」というのもうなずける気がする。

ちなみにこの冲也という主人公は、中原中也をモデルにしたとも言われているらしい。



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# by t-mkM | 2017-06-02 01:29 | Trackback | Comments(0)

『ヒメノア~ル』を観た

久しぶりに自宅にてDVD鑑賞。
Kが「傑作」だと言ってて、もう一度観てみたいともいうので借りてきた。

『ヒメノア~ル』監督: 吉田恵輔 (日活、2016年公開)

公式サイト→http://www.himeanole-movie.com/
そして以下は「映画.com」http://eiga.com/movie/82031/ の解説から。

「行け!稲中卓球部」「ヒミズ」の古谷実による同名コミックを、「V6」の森田剛主演で実写映画化。森田が、次々と殺人を重ねていく主人公の快楽殺人犯・森田正一役を演じ、「純喫茶磯辺」「銀の匙 Silver Spoon」などを手がけた吉田恵輔監督がメガホンをとった。平凡な毎日に焦りを感じながら、ビルの清掃のパートタイマーとして働いている岡田は、同僚の安藤から思いを寄せるカフェの店員ユカとの恋のキューピッド役を頼まれる。ユカが働くカフェで、高校時代に過酷ないじめに遭っていた同級生の森田正一と再会する岡田だったが、ユカから彼女が森田にストーキングをされている事実を知らされる。岡田役を濱田岳、ユカ役を佐津川愛美、安藤役をムロツヨシがそれぞれ演じる。

いやぁ、何というか…。
"シリアルキラー"とすら呼べない、ほとんどなりゆきで殺人を続ける主人公を演じる森田剛、彼の演技が、これがもうスゴイの一言。
R-15指定ではあるけど、大人であってもなかには受け付けない方もいるのでは? それほどに、彼の演じる主人公が内面で抱えているであろう、虚無というか絶望が滲み出たかのような虚ろな表情や狂ったような殺人のシーンは、いやでも目に焼き付く。

とはいえ、この監督も、そして森田剛含め出演している役者たちも、ほとんど知らないのだけど、エンタメ映画として、とってもよく出来ている。
森田剛のスゴさが強烈なんだけど、ほかの役者たちがいずれも上手いし、役どころにハマっている。そして100分という短めにまとめたこともあってか、(内容とは裏腹に?)スタイリッシュとすら言えると思う。

前半の、気恥ずかしいような会話が交わされる日常の描写から一転、不穏な音楽が流れ出して唐突にタイトルが現れて、後半へ。前半のトーンとはガラッと変わり、様々に登場人物たちが絡まりあいながら、しだいに主人公とも交錯し、その暴走に巻き込まれていく...。

そしてラスト。
この辺は原作とは違うらしく、そこが不満という感想も目にしたけど、このラストでの主人公の変貌ぶりも強ーく印象に残る。原作を知らない身としては、このラストシーンがあってこそ、落語でいうサゲの格好がついたというか、エンタメ映画として(ストライクゾーンの狭いと思われる)着地が決まったように感じられた。

また、公式サイトだったかの解説に「捕食者と被食者。」とあったけど、映画で描かれるせまい人間関係のなかで、その「捕食者と被食者」の関係が入れ替わるように描かれるのも、興味深かった。

でも、この映画、昨年のキネ旬ベストテンには顔を出してない。選者で観た人が少なかったからか?
「傑作!」と言い切るのには、ちょっと戸惑うけど、「必見」ではあると思うのだが。


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# by t-mkM | 2017-05-25 01:27 | Trackback | Comments(0)

『そして、暮らしは共同体になる。』を読んだ

このところ、あれこれといろいろあるせいか、なんだか一週間が早く過ぎてしまう…。が、しかし、そうはいっても大したことは出来てない、ってところがなんだかなぁ。

話しは変わって、少し前に読み、いろいろと啓発されるところがあったので、以下、メモ的に。

『そして、暮らしは共同体になる。』佐々木俊尚(アノニマ・スタジオ、2016)

パステル画?風の素朴なイラストで町を描いている表紙が、なんともやさしい雰囲気を醸し出している。内容はといえば、リーマンショックと東日本大震災を契機に、私たちの意識の変化が、食をはじめ生活全般におよんでいるとして、

「その「変化」を分析し、流れの先に何が見えようとしているのかを解き明かすのが、本書の目的です。」(p9)

というもの。
語り口というか、文章自体は表紙のような感じで読みやすくはあるけれど、この本でなされるこれまでの消費や文化の分析やこれからの方向性などは、「なるほど」と思えるところや考えさせられる部分が多く、いまの生活を見直すヒントがあるように感じた。随所に差し挟まれる"佐々木風料理レシピ"も、なかなかいいアクセントになっていて、最後までとっつきやすいトーンが一貫している。

近代の成長の時代に、多くの人たちは、大衆消費社会の中で出世を目指し、金持ちへと成り上がろうと上昇志向を持ちました。「上へ、上へ」です。
 そしてまた別の人たちはそういう上昇指向を否定し、アウトサイダーとして消費社会を蔑視する反逆クールの道を選んだ。「外へ、外へ」ということです。
 ところが気がつけば、「上へ」も「外へ」も、どちらもぐるりとまわって同じ立ち位置になっているということなのです。
 つまり、上昇志向の持ち主と、反逆クールは、この大衆消費社会を支える表裏一体の存在だったということです。
(p47−48)

この"反逆クール"という見立てからはじまり、主に食に関する最近の動きをミクロ的に見ながら、著者自身が実践している他拠点生活で得た経験をベースに、「横へ」という、近代ではあまりなかったとされる指向について深めていく。
ここでは、ミニマリストとよばれる、自身の生活における持ち物を最小限まで抑えて生活する人々が出てくる。最近、ミニマリストというコトバを耳にすると、「なんだかなぁ」というナナメ目線でしか見られなかったけど、「内と外を隔てず、日常も外出時も同じファッション」とか、「つねに身軽に」、非常時の持ち物も常に携帯してスニーカーを履く、というスタイルなど、災害と隣り合わせとなった現在では、参考になる。

でまあ、後半は「暮らしは共同体へ」ということで論が進むんだけど、ここらへんからはぜひ本書を。

ひとつ、興味深かったのは、ビッグデータ解析などが急速に注目され、個々人がデジタル情報の波にのまれてプライバシーがさらされる恐れを抱いている現状は改善できるとして、そのキモは、個々人と情報収集する側のシステムとの間に共同体を挟むこと、といったような趣旨が書かれていたことかな。
また、結婚生活に関しても、「夫婦は愛し合わなければならない」「夫婦二人だけの世界を作り上げなければならない」という"固定観念"が抑圧になっており、またそうした傾向を後押しするようなマスコミの現状を批判的に見ているのは、ちょっと新鮮だった。

通底するキーワードは「ゆるゆる」と。

本書での議論は、都市生活者、そしてまたフリーランスの仕事の方だからこそ可能、とも思うけど、参考になる視点は多々ある。要は、これをもとに自分でも実践してみること、なんだろうな。


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# by t-mkM | 2017-05-19 01:19 | Trackback | Comments(0)

『地獄の黙示録』『イージー・ライダー』2本立て@早稲田松竹

GWも残り少なくなった先週末の土曜日、久しぶりに早稲田松竹で映画2本立てを見た。
「早稲田松竹クラシックス vol.123」という企画のとおり、古い映画なんだけど、"戦後アメリカ映画の金字塔!"という、スゴイ文句にも押された感がありつつ、見てきた。
以下、見た順番に。

『地獄の黙示録』劇場公開版(デジタル・リマスター)
日本で劇場公開されたときに中学生で観て以来、何度目かの再見。
じつは2年ほど前、この映画の『特別完全版』をDVDで観ていて、このブログに感想も書いていた。
http://tmasasa.exblog.jp/24091383/

今回、あらためて劇場公開版を見直して感じたのは、
・画面がともてきれいになっている、さすがはデジタル・リマスター
・冒頭の『The end』が流れる密林の炎上シーンからして、引き込まれる
・ワーグナーを鳴らしながらの爆撃シーンはじめ、こんなリアル戦闘シーンのある映画は空前絶後か
・終盤のカーツ大佐とウィラード大尉とのやりとり、劇場公開版だといまひとつ迫ってこないような
・やっぱり、『特別完全版』は公開されるだけの意味はあった
・ベトナム戦争を背景とした戦争映画になるんだろうけど、その中心主題からして戦争映画ではないよなぁ
といったところ。


『イージー・ライダー』
一方、こちらは初めて観た。
昔から、"アメリカン・ニュー・シネマの傑作"という惹句とともに、主演の2人がバイク(チョッパーハンドルだっけ?)に乗って疾走しているシーンがイメージとして定着しているので、題名とともに、「ヒッピーな若者が自由を求めてアメリカを行くロードムービー」みたいな勝手なイメージがあった。

ところが、そんな映画ではまったくない。
なぜゆえ「アメリカン・ニュー・シネマの金字塔」などと言われつづけるのか、画面から強烈に分からされた気がした。
マリファナを転売して一儲けするところから始まるものの、モーテルでの宿泊を断られ、道ばたで野宿するところからして、何となく不穏な雲行き。途中で拾ったオッサンによってコミューンへと導かれるも、そのコミューンのなんとも弛緩してウサン臭いこと。これまた途中で意気投合したアル中の弁護士とともに立ち寄ったカフェでは、地元の白人客たちからあからさまな差別的態度を受け、そのうえ、野宿しているところまで追いかけてきて、寝込みを襲われる。そして、衝撃的かつ唖然とする幕切れ。
日常生活にさざなみを立てる者たちに対して、平然と差別、非寛容、暴力をもって応える、当時のアメリカの田舎におけるその空気に驚かされる。

この『イージー・ライダー』から10年後に『地獄の黙示録』が作られ、いまや時代が一巡したかのごとく、アメリカ・ファーストを公言する人物がアメリカ大統領であるという現在。そう思うと、いろんな意味で、じつはなかなかタイムリーな2本立て上映ではないか、と感じられた。


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# by t-mkM | 2017-05-10 01:24 | Trackback | Comments(0)

ゴールデン・ウィークのはじまり

ということで、本日は平日とは言え、世間はどことなく(というか、かなり)連休モードの感じが漂っているのだけど、先週末の2連休について、以下メモ的に。

4月29日(土)、昭和の日で休日。

午前中はいつものようにジムへ行き、ランニングマシンで1時間ほど走ったあと、Kのリクエストにより、大手町駅の近くにあるアスリート食堂へ。いい天気のなか、空いているビジネス街を自転車で走るのもいい気分である。
「アスリート」と銘打っているけど、べつに皇居ランナーばかりが客というわけではなく、フツーに気さくな食堂で、そこそこお客が入っている。おかずを3品選べ、味噌汁・ご飯がついて970円。それなりにボリュームもあって、どれも健康的なメニューで、やや薄味指向か。食べ終わると「満たされたなぁ」という感じになる。
食後、神保町のよく行く古本屋をのぞき、3冊ほど買って戻る。

途中、白山通りと春日通りとの交差点の歩道の一角に、交差点へ向けて折りたたみイスに座っているアラウンド60代くらいのグループがいた。なかには顔に、イギリス国旗のペインティングしているおばさんも。「何ごと!?」と思ったが、そういえば今晩、ポールさんの東京ドームコンサートがあるんだな、と気づく。この方々はポールさんがドームに向かう車列を待っているのか? そのグループの奥には、「当日券譲って下さい」と書いた段ボールを持ったご夫妻とおぼしき2人組。
いやまぁ、えらい盛り上がりである。
ただその、偶然にこの光景を目にしてなにを感じるのかと言えば、微笑ましい、というよりも、なぜだかどことなく複雑な気分ではある。

そして、4月30日(日)。
この日は不忍ブックストリートの一箱古本市。

今年も、気がつけば店主の募集はとうに締め切られており、ここ数年と同じく、助っ人としてお手伝い。
今回はもっとも根津寄りのスポットで、初の大家さんだという、HOTEL GRAPHY NEZU で前半の専従スタッフ。近所にいながら、こんなホテルが出来たのをいままで知らずにいた。SINCE 2014 とあるので、3年目か。建物自体はそれなりの年数経っているようだけど、一定の大きさがあるものの、たたずまいは住宅街に溶け込んでいる。ホテル入口脇にはカフェもあって、朝7時からモーニングが食べられる。この時期、なかなか気持ちいいかも。

こんな住宅街のなかで、果たしてお客さんが来るのか? と思っていたものの、やはりスタンプラリーの威力は絶大で、午後になって人の往来が増してくる。
スタッフをしていると、古本関連で知り合った方々にも、久しぶりにお会いする。店主で出ていた四谷書房さんに会うのも、久しぶりだ。ウロウロ山田さんにもお会いし、しばしの間、立ち話し。
さすがに、スタッフをしている時には店主さんから本を買うわけにはいかないので、前半のお役目を終了後、あらためて各店主の箱を見て回る。四谷書房さんの箱から、小沢昭一の『道楽三昧』などを購入。
ついでにと、近くの大家である「ハウスサポート八號店」にも足を伸ばす。
なんでも、この日がお披露目だとかで、翌日から正式オープンするのだそう。
ここでも1冊購入し、その後、Kと合流して別エリアへ。

さて、明日からの5連休はどうするかな。


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# by t-mkM | 2017-05-02 01:43 | Trackback | Comments(0)