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(通常の日記はこのエントリの下から始まります)

◆ 鎌倉「ヒグラシ文庫」での常設棚 ← 2018/5/20で古本販売は終了しました。

 2011年5月末より7年間、どうもありがとうございました。
 (お店は変わらず、営業中。古本T以外の本の販売も継続中)


# by t-mkM | 2019-12-31 23:59 | Trackback | Comments(0)

ごぶさたの新文芸坐@池袋で見た映画

このところ、週末になると映画館へ、という感じなのだけど、先週も観てきた。
場所は超久しぶりの新文芸坐。建て替わってから1回くらいしか行ってないような気がするので、いつ以来だろう? 10数年ぶりくらいか。

以下、観た順番に感想など。引用は「映画.com」の解説から。

『ファーストマン』監督:デイミアン・チャゼル 出演:ライアン・ゴズリング、クレア・フォイ、ほか、141分(2018、アメリカ)
https://eiga.com/movie/88164/

「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼル監督&主演ライアン・ゴズリングのコンビが再びタッグを組み、人類で初めて月面に足跡を残した宇宙飛行士ニール・アームストロングの半生を描いたドラマ。ジェームズ・R・ハンセンが記したアームストロングの伝記「ファーストマン」を原作に、ゴズリングが扮するアームストロングの視点を通して、人類初の月面着陸という難業に取り組む乗組員やNASA職員たちの奮闘、そして人命を犠牲にしてまで行う月面着陸計画の意義に葛藤しながらも、不退転の決意でプロジェクトに挑むアームストロング自身の姿が描かれる。アームストロングの妻ジャネット役に、「蜘蛛の巣を払う女」やテレビシリーズ「ザ・クラウン」で活躍するクレア・フォイ。そのほかの共演にジェイソン・クラーク、カイル・チャンドラー。脚本は「スポットライト 世紀のスクープ」「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」のジョシュ・シンガー。第91回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞。

月面着陸から今年で50年。
それを記念した、というわけでもないんだろうけど、映画としては「人類初の偉業」というより、アームストロング船長個人に焦点を当てた人間ドラマ、である。まあ、伝記が原作なんだから当たり前ではあるけど。(彼の名前がニールであることを、この映画で知った)

それにしても、冒頭からして息のつまるような映像が続く。しかもコックピット内部からの視点なので、画面の揺れが凄い(というかヒドイ)。映画の感想で「手ブレがひどい」というのを見かけたが(そういう言い方もどうかと思うが)、乗り物酔いのようになるのも分からなくはない。それほどにブルブルと振動する映像が多い。
それゆえ、リアルであるし、観ている側も宇宙飛行士になったかのような気分にはなる。

それにしても、60年代のアメリカは、人的な犠牲を厭わずに、この無謀とも思えるプロジェクトを遂行したんだよなぁ。現在の視点から振り返ってみるに、ため息しか出てこない。
この映画、IMAXの劇場で、とことんまで当時の宇宙飛行士の視点と気持ちに寄り添って鑑賞すべし。


『THE GUILTY ギルティ』監督:グスタフ・モーラー 出演:ヤコブ・セーダーグレン、ほか、88分(2018、デンマーク)
https://eiga.com/movie/89275/

電話からの声と音だけで誘拐事件を解決するという、シンプルながらも予測不可能な展開で注目され、第34回サンダンス映画祭で観客賞を受賞するなど話題を呼んだデンマーク製の異色サスペンス。過去のある事件をきっかけに警察官として一線を退いたアスガーは、いまは緊急通報指令室のオペレーターとして、交通事故の搬送を遠隔手配するなど、電話越しに小さな事件に応対する日々を送っている。そんなある日、アスガーは、今まさに誘拐されているという女性からの通報を受ける。車の発進音や女性の声、そして犯人の息づかいなど、電話から聞こえるかすかな音だけを頼りに、アスガーは事件に対処しなければならず……。

ネットを見ると、映画のプロからも素人からも、絶賛されている言葉が目につく。

舞台となるのは緊急ダイヤル(だったかな)のオペレーター室だけ。登場人物も、ほぼ全編を通じてアスガーという刑事と思われる男性オペレーターだけ。構成はシンプルで、電話を介した会話だけで成り立っている映画なんだけど、途中で「えっ、そうだったの!?」という展開もあって、ラストまで緊迫感は途切れない。
…ただ、やはり画面が単調なのは致し方なく、途中でちょっと眠気に誘われたりもしたけど。

まあでも、緊急ダイヤルに電話してくる相手がどういう人物なのか、声だけなので、観客の想像力に委ねられる部分が多いことはその通りだし、主人公であるアスガー自身も影を抱えているところなど、構成も凝っている。このあたりは、「ギルティ」というタイトルとも関連しており、ラストの場面の受け取り方にも影響してくるところ。

ちなみに、デンマーク語の原題は「Den skyldige」。なんでも「犯人」という意味らしい。こちらはこちらで、ふさわしいタイトルと思う。



# by t-mkM | 2019-06-07 01:13 | Trackback | Comments(0)

久しぶりに読んだ神林長平の長編SF

ふとしたことから目にした、東京新聞のコラム「大波小波」で、けっこう”絶賛”されていたので、「へぇ」と思って読んでみた。

『オーバーロードの街』神林長平(朝日新聞出版、2017)

その「大波小波」、2017年11月13日付と思われるが、該当部分を引用してみる。

「虐待を受けて育った少女に「地球の意思」なる知性体が乗り移り、それを契機に無差別同族殺戮や金融システムの崩壊が起こる。しかし本書はこけおどしのスペクタクルには走らず、ほとんど小舞台演劇のような限定された空間に終始する。自分が破滅の引き金になっていると知らぬまま、彼女はやがて心の底に渦巻く母への憎悪に気付くのだ。
(...中略…)母娘の葛藤を巡って数えきれない作品が書かれてきたが、本書は一つの極限を描いたといっても過言ではない。」

単行本で500ページを超える大部で、なかなかの読み応え。
上に引用した「大波小波」氏の評価に、ワタクシも基本的には共感するし、「パワードスーツ」といった、実用化も遠くないような技術やAI関連の機器が、別の意思を持つかのように暴走する、という視点も斬新で面白い。

けどまあ、後半に至るとストーリー的にはやや失速している面は否めないだろうと思うし、「地球の意思」を巡って交わされる会話や推論などは、ちょっと観念的で思弁的にすぎるところもあり、それゆえに、母娘の葛藤に関わる部分が遠回りさせられている感じもした。

本書が実際のところ、どれくらい話題になったのか(ならなかったのか)、気になる。


# by t-mkM | 2019-06-04 01:43 | Trackback | Comments(0)

『バーニング 劇場版』に唸る

26日の日曜日、諸事情が重なり、キネカ大森で映画を見てきた。そもそも、大森駅で降りること自体、初めてだ。

このキネカ大森、西友大森の5Fにあって、3Fにはブックオフなども入っている。
https://ttcg.jp/cineka_omori/
日本初のシネコン、とのことで、スクリーンは小さめのが3つ。

名画座2本立て、という上映スタイルがあって、料金は1300円。一番大きなスクリーン1での上映だった。
今回の2本は、観た順番に以下の通り。

『トニー滝谷』監督:市川準 原作:村上春樹 出演:イッセー尾形、宮沢りえ、他(2005)

『バーニング 劇場版』監督:イ・チャンドン 原作:村上春樹 出演:ユ・アイン、チョン・ジョンス、スティーブン・ユァン(2019)


『トニー滝谷』は35mmフィルムだったらしく、フィルムの劣化がやや気にはなったものの、ちょっと幅の狭いスクリーンと、なんとも言えない白っぽい画面の質感が、内容とも合っているような気がした。
それにしても、このころの宮沢りえって、キレイだなぁ。

そして『バーニング 劇場版』。2時間半という長めで、前半の展開はちょっとまどろっこしくて眠気を誘われたところもあるけど、後半、いくつもの解き明かされない謎が重なって、不穏な展開を見せて緊張感が高まる。
以下は「映画.com」からの作品情報。
https://eiga.com/movie/89044/

「シークレット・サンシャイン」「オアシス」で知られる名匠イ・チャンドンの8年ぶり監督作で、村上春樹が1983年に発表した短編小説「納屋を焼く」を原作に、物語を大胆にアレンジして描いたミステリードラマ。アルバイトで生計を立てる小説家志望の青年ジョンスは、幼なじみの女性ヘミと偶然再会し、彼女がアフリカ旅行へ行く間の飼い猫の世話を頼まれる。旅行から戻ったヘミは、アフリカで知り合ったという謎めいた金持ちの男ベンをジョンスに紹介する。ある日、ベンはヘミと一緒にジョンスの自宅を訪れ、「僕は時々ビニールハウスを燃やしています」という秘密を打ち明ける。そして、その日を境にヘミが忽然と姿を消してしまう。ヘミに強く惹かれていたジュンスは、必死で彼女の行方を捜すが……。「ベテラン」のユ・アインが主演を務め、ベンをテレビシリーズ「ウォーキング・デッド」のスティーブン・ユァン、ヘミをオーディションで選ばれた新人女優チョン・ジョンソがそれぞれ演じた。第71回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、国際批評家連盟賞を受賞。

観ていると、いやでも「格差」というコトバが頭をよぎる。
もちろん、韓国社会の状況なんて、国内でフツーにニュースなどで流れてくる情報以外、知る由もないのだけど、たぶん、韓国で若い人が置かれている現実を反映しているんだろう。

やけに金回りのいいベン。ポルシェに乗って、かなり大きめのマンションに一人暮らし。しかし、何をやっているのか、定かではなく、本人曰く「遊んでいるようなもの」。対するジョンスは、ベンのような者を見て、「韓国には”ギャツビー”が多い」とつぶやく。フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』のことか? 親の七光り?
そのジョンスは実家に住むものの、母は父の暴力に耐えかねて子供のころに家を出たきり、父は暴力沙汰で捕まり、裁判中。実家に残されたのは牛1頭で、その牛も売りさばく他ない。そしてその実家は、北朝鮮の国境近くで、対南の放送が聞こえてくるような農村だ。

それから、途中で姿を消してしまう、幼馴染みのヘミ。
彼女は狭いアパートで暮らしており、借金を抱えていることが示唆される。ジョンスはヘミを探すのだが、しだいにヘミがホントに幼馴染みだったヘミなのか、疑われるような話しが出てくる。一方、ベンの行動を追跡していくうちに、もしかしてベンがヘミを…

謎は謎のまま、疑問点はそのまま、皆までは描かれないし、語られない。
でも、観終わって映画の内容をふりかえり、その疑問を解こうとしていくと、あの場面ではこう、このシーンからすると実はヘミはこんなことになったのでは…、といった「謎解き」があれこれと湧いてくる。けれども、正解は何か、決定的なところは分からない。

映画のチラシにもあったように「衝撃のラスト」なので、それを踏まえてもう一度観てみたいと強く思わせる、かなり後を引く映画であった。

いやー、ちょっとすごいかも、この映画。
同じ監督の他の作品もぜひ観てみたい。



# by t-mkM | 2019-05-29 01:40 | Trackback | Comments(0)

劇団桟敷童子『骨ノ憂鬱』観てきた

先週末の土曜日(25日)、桟敷童子の新作舞台『骨ノ憂鬱』を観てきた。
劇団からのDMで予約したけど、サイトを見るとすでに全公演売り切れなので、早めに予約しておいてよかった。

『骨ノ憂鬱』作:サジキドウジ 演出:東憲司 
 公演期間:2019年5月21日〜6月2日
 会場:すみだパークスタジオ倉
 指定席:3800円
 一般前売:3500円

劇団のサイト→ https://www.sajikidouji.com/blank-1

受付でもらったパンフに、「今回、書いていて憂鬱だったので、とことん憂鬱になってやれと思った」という趣旨のことを、東憲司自身が書いていたけど、今回の舞台、この劇団にしては珍しく、ダークというか救いのない物語である。

いやぁ、もう、ホントに救いはない。
ただいま公演中の舞台でもあるし、詳しくは語らないけれど、なにせ冒頭からして、妻を殺した夫の独白で幕を開けるんである。

前回見た『翼の卵』のようなカタルシスは一切ないし、わずかな希望といったものも見えてはこない。一方で、舞台が進むに連れて、客席からはすすり泣きが聞こえてくるし、狂い出したら止まらない歯車のごとく、「ここまでやるか」というシーンが連続し、この辺の展開にはちょっと息を呑む感じ。

また、客演で夫婦役を演じた、夫である原田大二郎の存在感と、斉藤とも子の決して笑わない凛とした妻の言動が、なかなか強烈。
ラストでは舞台を目いっぱい使い、崩壊(破局というか)のさまを鮮烈に見せてくれた。物語に終始出てくる真っ赤なトマトが、とても印象に残った。



# by t-mkM | 2019-05-27 01:09 | Trackback | Comments(0)

映画『居眠り磐音』を観てきた

最近、これといって観たい映画をやってない…。

なんて思っていたところ、佐伯泰英のベストセラー時代小説、『居眠り磐音』シリーズが映画化されたとか。
前に作ったTOHOシネマの「シネマイレージカード」の「6回観ると1回タダ」というオマケを使っていなかったので、これを機に無料で観てきた。

『居眠り磐音』 監督:本木克英 原作:佐伯泰英 主演:松坂桃李、木村文乃、ほか
 (松竹、2019)

観に行ったのはTOHOシネマズ上野。スクリーン6での上映。
車イスのスペースがある、すぐ後ろの座席をネット予約したんだけど、想定していたよりも座席がスクリーンにけっこう近くて、思いのほか大画面を満喫した。
(もう少し後ろの方がよかったかな)

原作である『居眠り磐音 江戸双紙』が51巻で完結し、それを古本屋で手に入れて読んだことはブログにも書いた https://tmasasa.exblog.jp/26170243/ けど、あれは2016年9月だったのか。時間が経つのは早いよなぁ。

この映画、『居眠り磐音』というだけのタイトルなので、原作(全51巻!)のどこまでを映画化するのか、気にはなった。ま、でも、第1巻の「陽炎の辻」から始まり、原作の初期、おそらく数冊分から部分的にエピソードを取ってきてアレンジし、うまくまとまっていたのではないか。ただ、ちょっと詰め込みすぎの感が無きにしもあらずで、ストーリーを原作に(忠実に?)引き寄せたせいか、やや展開に強引な箇所も見受けられた、かな。

冒頭、松坂桃李のチョンマゲ姿、どうにも違和感が拭えない(似合ってないのはメイクのせいか?)。後半、脱藩して浪人となったザンバラ頭の侍姿はカッコイイのだけどね。それと、全体として出演者がなかなか豪華であること。中でも、柄本明と柄本佑の親子が出ていて、親子で共演するまでのシーンは無いんだけど、一癖も二癖もある大物商人の役での柄本明の演技、これがなかなかスゴイ。(いかにも悪役といった感じのメイクも含めて)

また、主人公・磐音が剣の達人であることから、殺陣の場面も多いんだけど、真剣でやりあうシーンはとくに見応えがある。(ただ、原作だと真剣ではなく木刀を使っていた場面もあったような…)
ラストの吉原での場面もけっこう凝った画面だし、本格的な波瀾万丈チャンバラ(って死語?)時代劇として、見応えがあった。

シリーズ化を見据えていると思うので、映画のヒットいかんにかかわらず、ぜひ続編を見てみたい。


# by t-mkM | 2019-05-22 01:55 | Trackback | Comments(0)

最近読んで、印象に残った本 その2


『疾れ、新蔵』志水辰夫(徳間文庫、2019)

図書館で見るまで、シミタツのこんな新刊が出ていたのを知らなかった。

巻末にある北上次郎の解説に、著者が現代を描くことから「降りて」、時代物に活躍の場を移した経緯が書かれている。シミタツの時代物については以前にも感想を書いたけど(https://tmasasa.exblog.jp/20342368/)、本書ではハードボイルド風味はちょっと引っ込んで、登場人物がより多く多彩になって、近現代の歴史を感じさせる「へぇ」というエピソードもあったりして、読み応えがある。

「蓬莱屋帳外控」シリーズの新刊も待ち遠しい。


『ヒューマン・ファクター[新訳版]』グレアム・グリーン/加賀山卓朗(ハヤカワepi文庫、2006)

小説家を含む著名人が、本書を読んで「頭を下げました」なんていうコメントを発するのを、これまでにいくつか見た。裏表紙には「スパイ小説の金字塔」なんて書かれてもいるし。

007のようなアクション物とは正反対で、派手なシーンは全くないし、またジョン・ル・カレのスパイ小説の主人公よりも、さらに小粒というかヒラの役人のような感が強い。とはいえ、身近な人は死んでしまうし、スリルある場面もあって、会話のなかに込められる登場人物の心のうちや、さりげなく出てくる小物(なんといってもウイスキーJ&B!)の使い方とか、とにかく読ませる仕掛けが凝っている。

これに限らず、グレアム・グリーンの小説を読んでみようと思わせるに十分。



# by t-mkM | 2019-05-09 01:22 | Trackback | Comments(0)

最近読んで、印象に残った本 その1

「平成」も終わり、いつの間にかGWも終わり、「令和」が本格的に始動する、ということのようだけど、10連休だったとはいえ、終わってしまえば直ちにいつもと変わらない日常が始まるわけで。
ま、改元に絡んだあれやこれやがひとまず落ち着いて、何より。

この連休中、なんだかんだで結局、映画にも行かず、いつものように近所をウロウロしていることが多かったかな。
久しぶりのエントリなので、この間に読んで印象に残ったものをランダムにあげてみる。

『病理医ヤンデルのおおまじめなひとりごと』市原真(大和書房、2019)

「病理医ヤンデル」とは、10万人のフォロワーを持つアカウント名(https://twitter.com/Dr_yandel)で、ネットでは著名な方のよう。ブログもあるようだ。
冒頭、なんだかやる気のなさそうな書き出しで、正直「どうなの?」とも思ったのだけど、中盤から一気に面白くなる。
病院とは、かなり特殊な職場ではあるけど、それを一歩引いたところから見た、その視点が読ませる。そして、ガン患者を例にとった、病院=劇場という説明が秀逸。しかも、患者は主役であり、なおかつ観客でもあるという指摘が、まさに「目からウロコ」であった。ガンにならずとも、入院などという(できれば避けたい)事態に直面するに際し、本書で説明される構図を理解していると、いろんな意味で有益かも。


『海を撃つ 福島・広島・ベラルーシにて』安東量子(みすず書房、2019)

2011年の3.11、続く福島第一原発における事故の後、ETHOS in FUKUSHIMA(福島のエートス)という活動を立ち上げた方による、事故後7年半を振り返った書。記録というよりも、もっと個人に引き寄せて綴られた、言ってみればエッセイに近いものだろうか。
http://ethos-fukushima.blogspot.com/p/blog-page_3412.html

ネットで調べると、この「福島のエートス」にはいろいろと批判もあるようだ。この本を読んでいて、東電や政府への批判などはほとんど出てこないけど、そんなところが反発されてしまうのかもしれず、まあ分からなくはない。ただ、原発事故で直接の被害を受けた現地の当事者が、その土地に住み続けようとするために住民自身で行ってきた試行錯誤や努力の足跡を、この本で改めて、というかホントに腑に落ちるかたちで、思い知らされた気がした。

以下は版元のサイトに載っている本書からの引用。
https://www.msz.co.jp/topics/08782/

そして、私は気づいた。原発事故によって放出・拡散された放射性物質が損なったのは、通常、事故が起きなければ自覚することさえない、私たちの暮らす環境そのものへの信頼だったのだ。自分の暮らす場所を信頼していますか? なにか不安はありますか? 通常であれば、奇妙な問いだ。だが、私たちが原発事故以降ずっと問われ続け、そして知りたいと願っていたのは、きっとこのことなのだ。彼女の言葉によって、私は測ること、暮らすことの意味を理解できた気がした。私たちは、失われた土地への信頼をひとつひとつ測りながら確認し、またつなぎ合わせていく。
(「末続、測ること、暮らすこと」)



# by t-mkM | 2019-05-08 01:07 | Trackback | Comments(0)