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(通常の日記はこのエントリの下から始まります)

◆ 鎌倉「ヒグラシ文庫」での常設棚 ← 2018/5/20で古本販売は終了しました。

 2011年5月末より7年間、どうもありがとうございました。
 (お店は変わらず、営業中。古本T以外の本の販売も継続中)


# by t-mkM | 2019-12-31 23:59 | Trackback | Comments(0)

第10回すみだストリートジャズフェスティバルでのライブ

先週末、上のイベントに行ってきた。
「行った」とはいえ、目当てである出演者(バンド)は一つで、8月17日(土)のトリフォニーホール・大ホールでのトリであった、BIG3トリオ(鈴木勲、スガダイロー 、本田珠也)。

イベントの公式サイトは→ https://sumida-jazz.jp/sj/
BIG3トリオの紹介は→ https://sumida-jazz.jp/sj/player.html?bn=6238

今年で10回目というこのイベントも、トリフォニーホールへ行ったのも、このトリオを聴いたのも、すべて初めて。
地下鉄を錦糸町で降りて地上へ出てみると、この暑さをものともしない?演奏が聞こえてくる。そしてけっこうな人だかりで、そうした盛況ぶりは、いくつか目にした各会場でもそんな感じ。地元に定着した音楽イベントということか。
そしてトリフォニーホール。ステージ向かって正面に大きなパイプオルガンがデーンと据えてあって目を引くし、会場の内装もなかなか凝っていて、贅沢なつくりのよう。
BIG3トリオの前が綾戸智恵率いるバンドだったようで、会場からまとまった人々が出てくるのだけど、いやまあ、たくさんいること。しかも物販のサイン会があるようで、2階へ続く階段にまで長い行列が。いやー、綾戸智恵って人気あるのね、と改めて認識させられた。

BIG3トリオの演奏は16時からスタート。
それに先立って、ステージ上で行われていたサウンドチェックから見ていたのだけど、この広いホールにPAで音を行き渡らせるってのは、けっこう難しいのかも、などと感じたり。

鈴木勲氏(司会からはオマさん、と呼ばれていた)、御年86歳だとか。いやオドロキ。衣装こそ赤いガウン?のようなものをまとって、アタマもヒゲも真っ白だけど、演奏している姿からは、まったくそんな年齢を感じさせない。なんせ今回のステージ、曲が「終わるのかな?」と思っているとそうではなく、再び熱いインプロビゼーションに突入する、という感じの繰り返しで、結局、最後までぶっ続けで演奏していた!! ベースなので、そう動かないとはいえ、86歳でその体力、集中力というのもすごい。

ドラムの本田珠也氏。ちょっと変則的なドラム・セッティングなのかな?とも思ったが、どうなんだろう。穴あきのシンバルを使っていたり、演奏の途中でハイハットの音をひろうマイクを移動させたりしていたのも、印象に残る。

それからピアノのスガダイロー氏。
だいぶ前に行った渋さ知らズのライブで、彼がグランドピアノを弾いていたのだけど、その時の演奏ぶりがアナーキーだったので、よく覚えている。それ以来、気にはなっていたのだが、久しぶりに演奏を聞いた。この日の座席は、彼の演奏する背中を正面に見る位置だったけど、低音から高音まで、鍵盤の上を両手が(体も)よく行き来することよ。はては高音から低音に向かい、繰り返し指を滑らし、ちょうどパーカッションで使われるウィンドチャイムのような伴奏をしていたのが目を引いた。

アンコールは「What a wonderful world」で終了。

途中、ちょっと3人の息が乱れた感もあったりしたけど、どうなんだろう、このトリオ、じつはスゴイのでは。いやぁもう、聴きに来た甲斐があったというもの。
こんな演奏が無料で聴けてしまうのだから、東京というところ、なかなかの都市だと思いましたね。

で、この夜、錦糸町からフラフラと散歩をしていたら、超ひさしぶりにレインボーブックスさんと遭遇したのだけど、それはまた別の話し。



# by t-mkM | 2019-08-21 01:25 | Trackback | Comments(0)

ちょっと前に出た雑誌から

定番のエントリですが、今回取り上げる雑誌は『月刊みすず』2019年7月号。
(雑誌というより、出版社のPR誌という位置づけかと思うけど、これ、立派?に雑誌といっていいのでは)

精神分析家の藤山直樹氏による「精神分析家、鮨屋で考える」という連載が断続的に掲載されていて、今回はその4回目。
タイトルは「修業することと生きること」。
以下、その修業に関わるところで、目に止まった箇所を抜き書き。
 基本的な手順や素材がどの店も概ね同じであり、そのことが客にとって遮るものなく見えており、何の秘密もなさそうに見える。このことが江戸前の食文化にとって、極めて重要なことである。だがあれほどあけっぴろげに見えるにもかかわらず、そこにはけっしてたどりつけない秘密がある。それが客をいやがうえにもときめかせ、惹きつけるのだ。その秘密を自分の手の内に入れ、さらに新しい秘密を生み出すことができるようにするのが、修業というものである。
(p17-18)

 修業は単なる研修や訓練とは違う。思うに、訓練や研修は「自分」、大雑把に言えば「主体」というものを問題にしていない。つまり、それらを受ける自分、主体に何らかの変容が生じることを前提にはしていない。主体をそのままにして、研修ならば何らかの知識を、訓練ならば何らかのスキルを付け加えることが目指されている。だが修業は違う。修業は「自分」をそのままにしておくことを許さない。研修や訓練が足し算であるのに対して、修業には引き算の側面がある。つまりそれまでの自分のありかたの一部を喪うことを前提にしている。より正確にい言えば、そこにあるのは足し算引き算といった線形の量的変化ではなく、質的な変化である。言い換えれば、自分のなかにミクロなあるいはマクロな破局を起こって、その壊れた部分が別のありかたで修復されて別のものになる過程の連続である。ちょっと硬い言葉になってしまったが、つまるところ、修業を経験したら、その人間はもう元の人間ではいられない。自分のものの見かた、考えかた、生きかたが変わってしまう。そして、自分のパーソナルな生の感触、自分や世界に対する感じ方考え方が根本的に変わる可能性があるのである。
(p18-19)

 スキルの獲得から修業が始まらない。それはある意味とても理不尽なことである。入門したばかりの前座に噺を教えず、入ったばかりの弟子に鮨の握り方を教えない。それは一見、修業にとって逆効果のような印象さえ与える。しかし、私の考えではそこに深い意味がある。それによって、スキルさえ手に入れば一人前になれるのだという錯覚が防止されるのである。
(p21)

 鮨屋にせよ、落語家にせよ、修業に付きまとうある種の理不尽は、それが単なるスキルや知識の獲得でないということの徴である。そこでは直線的に合理的にものごとが進んでいかないことを示している。それはまさに人生と同じである。人生も理不尽である。納得もしないままにこの世に生まれてきてしまった私たちは、納得もしないまま特定のカップルの子どもになり、特定の国で生き、特定の言語を話すことになる。修業が理不尽なのは、それが人生を相似だということである。
(p22)



# by t-mkM | 2019-08-08 01:53 | Trackback | Comments(0)

もう一つの芥川賞受賞作

ということで。

『ニムロッド』上田岳弘(講談社、2019)

第160回芥川賞受賞作。
同時受賞の町屋良平『1R1分34秒』と同じく、2つの受賞作が掲載された「文藝春秋」2019年3月号で読んだ。もちろん選評も。

以下はアマゾンにある内容紹介から。

それでも君はまだ、人間でい続けることができるのか。 あらゆるものが情報化する不穏な社会をどう生きるか。仮想通貨をネット空間で「採掘」する僕・中本哲史。中絶と離婚のトラウマを抱えた外資系証券会社勤務の恋人・田久保紀子。小説家への夢に挫折した同僚・ニムロッドこと荷室仁。やがて僕たちは、個であることをやめ、全能になって世界に溶ける。すべては取り換え可能であったという答えを残して。

アマゾンのカスタマーレヴューを見ると、意外と評価が低い。全体の1/3は星一つだし。
けっこう厳しいんだなぁ。ワタクシ的には面白かったけど。

作中で3つのエピソードが並行して進むところが、全体としてとっ散らかった印象を与えてしまうという面はあるかもしれない。ラストで恋人がどうなったのかもよくわからないし。
その一方で、ビットコインを扱っているという部分を差し引いても、「いま」を強く感じさせるし、後半のスケールはなかなか壮大でもある。

産経ニュースのネット記事によれば、選考委員の奥泉光氏から本作に対して次のようなコメントがあったそうだ。

人類が積み重ねてきた営為がもう終わってしまうかもしれないことへの愛惜がにじむ作品だと感じました
https://www.sankei.com/life/news/190116/lif1901160042-n1.html

たしかに、そうも言えるかな。
第160階の芥川賞、2作受賞で、それぞれに(ワタクシにとっては)面白く、また新しさを感じさせる小説でありました。



# by t-mkM | 2019-07-31 01:50 | Trackback | Comments(0)

最近の2冊

まずは、第160回芥川賞受賞作であるこれ。

『1R1分34秒』町屋良平(新潮社、2019)

以下はアマゾンの内容紹介。

デビュー戦を初回KOで飾ってから三敗一分。当たったかもしれないパンチ、これをしておけば勝てたかもしれない練習。考えすぎてばかりいる、21歳プロボクサーのぼくは自分の弱さに、その人生に厭きていた。長年のトレーナーにも見捨てられ、現役ボクサーで駆け出しトレーナーの変わり者、ウメキチとの練習の日々が、ぼくを、その心身を、世界を変えていく―。

読んだのは単行本ではなく、『文藝春秋』2019年3月号に掲載された本作を選評とともに読んだ。
一言でいうと「なんだかちょっと新しい次元の小説を読んだ」感じ。

主人公に名前はない。登場人物の誰もがまともに名前が与えられていない。トレーナーは「トレーナー」だし、友人は「友人」だし。
とはいえ、4回戦のプロボクサーとしての練習の日々が、かなり緻密に描かれる。なにせ、対戦相手の試合の映像を繰り返し見て、果ては対戦相手にも関わらず、バーチャルには友達になってしまうのである。あくまで一方的にではあるが。そんな主人公の、じつにイケてない屈折した内省ぶりが、ボクシングにおける身体や思考の動きとともに描かれる。この、身体感覚の表現が読ませる。ボクシングを知らなくてもいいけど、知っていればより楽しめる(ダッキングとかウェービングとか出てくるし)。


それから、まだ出たばかりのこれ。

『「糖質過剰」症候群』清水泰行(光文社新書、2019)

以下はアマゾンの内容紹介。

肥満や糖尿病は、糖質が原因と認知されつつあるが、その他の多くの疾患も、元をたどれば一つの原因につながる―糖質の過剰摂取である。医療の現場ではまだ少数派の考え方だが、研究成果は世界中で報告され始めている。著者は七千を超える論文を参照しつつ、「糖質過剰症候群」という新しい概念を提唱。裏付けのある形で様々な疾患と糖質過剰摂取との関係を説く。

糖質とは、簡単にいうと炭水化物から食物繊維を抜いたもの。
副題に「あらゆる病に共通する原因」とある。そのタイトルどおりに、肥満や糖尿病のほか、心筋梗塞、アルツハイマー、緑内障、非アルコール性脂肪肝、不妊からうつ病、偏頭痛などの痛み、などなど、広範な病気や痛みの原因には糖質の過剰摂取がある、という主張を展開する。

節ごとにいちいち根拠となる(のだろう)医学の参考文献が挙げられており、なんだか専門書のようだけど、文章はそれなりにこなれていて、専門用語もかみくだいて説明されるし、読みやすくはなっている。

これでもか、と突きつけられると、「まあ、それじゃあ」と実践してみたくなるけれど、糖質制限するのは、これがなかなか難しい。コンビニやスーパーなど、周りにあふれる飲食物は、弁当やおにぎりなど、手軽に購入できてすぐに食べられるものほど糖質が主体のものばかりだし。
糖質制限食について、さらに納得を深めるための本、かな。



# by t-mkM | 2019-07-29 01:36 | Trackback | Comments(0)

沖縄に行ってきた

先週後半、久しぶりに沖縄へ行ってきた。
拙ブログの過去エントリを遡って確認すると、前回の沖縄行きは2013年のようで、6年ぶりだ。

で、今回の旅の目的はと言うと、野外での渋さ知らズのライブとさすらい姉妹の芝居。
このイベント、検索してもいまひとつ適当な告知が出て来ないのだけど、以下のものがまとまっているかな。

http://kasiwaya.me/archives/4270

ここから抜粋して以下に。
++++++++++++++++++++++++

「天幕渋さ知らズ in 那覇~風車の便り-戦場ぬ止み音楽祭2019」

出演:渋さ知らズオーケストラ
会場:新都心公園内 特設天幕ステージ(沖縄県那覇市おもろまち3丁目2番1)

○7/12(金)渋さ知らズ単独公演
 open17:30 start18:30

○7/13(土)風車の便り-戦さ場ぬ止み音楽祭
 マルシェ /open 11:00~
 天幕 / open 12:00 start13:00

●音楽:海勢頭豊、マルチーズロック(もりとvo.g、糸満あかねsax.ke、ホールズg、竹内新悟ds、上地gacha一也ba)
白崎映美vo 、池間由布子vo.g 、うじきつよしg&per
渋さ知らズオーケストラ(北陽一郎tp、石渡岬tp、松本卓也ss、立花秀輝as、登敬三ts、鬼頭哲bs、高橋保行tb、高岡大祐tuba、石渡明廣g、ファンテイルg、小林真理子b、山口コーイチkey、石原岳g、柴崎仁志per、山本直樹ds、玉井夕海vo、渡部真一vo、ペロ、若林淳、すがこ、不破大輔)

●芝居:『陸奥の運玉義留』(みちのおくのうんたまぎるー)
作・演出:翠羅臼
出演・さすらい姉妹(千代次、風兄宇内、秋浜立、髙橋明歩、松林彩、臼井星絢、七ツ森左門、増田千珠)、大久保鷹(友情出演)、金城実(特別出演)


+++++++++++++++++++++++++++;

東京は涼しかったのだけど、那覇に着いてみるとムッとするような湿度。でもって、暑い。まあ最高気温が32度とかいうのだから、そりゃ暑いんだけど、空を見上げると半分以上は雲だし、滞在中、それほど晴れ間も見なかった。それでも何より湿度が高い。
一方、ホテルやコンビニ、スーパー等々、どこへ行ってもエアコンがガンガン効いている(まあ、助かる面もあるのですが)。どこもガラスが曇ってたり水滴が着いていたりするくらい、室内と外との温度(湿度)差が大きい。
やっぱり沖縄って、尋常じゃなく蒸し暑いのね。

12日は夕刻に会場へ。ひとまずは水族館劇場の役者の方々を見つけてはご挨拶。辺野古での芝居やライブの様子など、あれこれとひとしきり伺う。東京からはるばるようこそ、ということで?、桃山さんからビールをご馳走になった。サンクス。

そして天幕渋さ知らズ。ゲストには大工哲弘が出て、自身の歌や沖縄民謡はもちろん、「生活の柄」や「お富さん」まで歌ってサービス満点な感じ。翌日の「風車の便り-戦さ場ぬ止み音楽祭」の前夜祭といった位置付けらしく、辺野古新基地建設へ反対を表明するようなパフォーマンスも含め、盛りだくさんで大盛り上がりのライブだった。

で、メイン?である13日の「風車の便り-戦さ場ぬ止み音楽祭」、昼過ぎからのイベントではあったんだけど、さすらい姉妹と渋さ知らズが18時近くからなので、体力温存のため、午後もだいぶ経ってから会場へ。

マルシェで出店している数も12日よりずっと多く、この暑い最中、なかなかの規模のイベントなのでは。
12日の朝に壺屋やちむん通りあたりを散歩していて見つけた、ベトナム料理「コムゴン」。そこで食べたバインミーが美味しかったんだけど、その店もマルシェに出店していて、またバインミーをいただく。やっぱりウマい。

今回のさすらい姉妹の芝居、『陸奥の運玉義留』(みちのおくのうんたまぎるー)は、直前の東京・新大久保で行われたイベントでも(会場満席のおかげで舞台の半分ほどを斜めに)観たんだけど、辺野古での芝居を経たためか、熱のこもったもの。東京では無かった金城さんの味のある下駄踊り?も含め、所々で演出もスマートになっていたし。現地の方々の感想が聞いてみたいところ。

最後の渋さ知らズ、やはり12日と同じく、辺野古新基地建設への反対を意思表示するかのパフォーマンスがさし挟まれたりしながらも、ごった煮的なライブイベントとはいえ、最後はきっちりまとめて盛り上げるところはさすがというか。ま、楽曲自体がそうできている、ということか。

今回も知り合いが車を出してくれ、その運転のお世話になった。すっかり現地の人、という感じだったなぁ。
13日のイベント終了後は、その知人による案内で栄町市場周辺の飲み屋をハシゴ。前回よりも面白そうな店がいろいろとできていて、沖縄の夜を満喫した。

今回、観光なんてまったくと言っていいほどしなかったけど、いろいろ充実した沖縄行きであった。



# by t-mkM | 2019-07-22 01:13 | Trackback | Comments(0)

カルトの恐ろしさ

長年、オウム真理教の事件を追っている著者の本で、ただまあ「ジュニア新書」なんだけど、気になったので手にとってみた。

『「カルト」はすぐ隣に』江川紹子(岩波ジュニア新書、2019)

以下はアマゾンの内容紹介から。

家族や友人とのつながりを捨てて、「オウム」に入信し、陰惨な事件にかかわっていった若者たち。一連の事件がなぜ起きたのか。凶悪な犯罪を起こした彼らは、特別な人間だったのか。長年、事件を取材してきた著者が、カルト集団の特徴や構造を浮き彫りにし、集団や教義を優先するカルトに人生を奪われない生き方を説く。

「はじめに」を読んでいて、ちょうど一年前の7月6日に、麻原彰晃=松本智津夫死刑囚を含む計7人の死刑が執行されたことを、改めて思い知らされた。そして、同じ月の26日には、残る6人の死刑も執行されている。
…いまや7月というのは、オウム真理教の事件に関わった元死刑囚たちの死刑執行の月、なんだな。

死刑囚たちの、オウム真理教への入信時と執行時の年齢も記されているのだけど、よくみると同年代が多い。そして、いずれも幹部クラスだったこともあり、入信時から30年ほど経っている。つまり、オウムに入信した頃は、皆10代や20代の若者だったということだ。

本書は、そういった元死刑囚たちが入信した頃の社会背景(日本沈没、ノストラダムスの大予言、とか)も含めて、服役中の元信者の手記、元信者たちがオウムに引き寄せられていった過程など、オウム真理教(というか教祖であった麻原彰晃)によるマインド・コントロールの有り様を、けっこう具体的に書いている。殺害に至る場面もなかなかリアルに描写されてもいて、ジュニア新書としては踏み込んだ記述なんではなかろうか。

タイトルにも表れているけど、著者はオウム関連の一連の事件に対して、「カルト」という総括をされており、最後の章ではカルトにはまらない対策にも触れている。また最近では、20~30人ほどをマインド・コントロールしたり(カルトの小粒化)、はては一対一の”一人カルト”現象もあるのだとか。

オウム真理教の事件を改めて振り返り、理解するためには、分かりやすくコンパクトな一冊。


# by t-mkM | 2019-07-18 01:45 | Trackback | Comments(0)

芥川龍之介の作品をコラージュした幻想譚

デイヴィッド・ピースという作家がいる。いわゆる「ノワール」の書き手、ということになるんだろうか。
以前に『占領都市』を読んで以降、新作が出てないよなぁ…、と思っていたら、こんなのが出ていた。

『Xと云う患者 龍之介幻想』デイヴィッド・ピース/黒原敏行 訳(文藝春秋、2019)

タイトルを見て、「なんで芥川?」「X? 患者って?」という疑問が浮かぶばかり。それでも、芥川龍之介って、あんまり(というかほとんど)読んだことないなぁ、と思いつつ手にとった。
以下はアマゾンにある内容から。

小説家、芥川龍之介。東方と西方の物語と伝承と信仰に魅せられた男。そのなかで静かに渦を巻く不安。それがページから少しずつ滲み出す。半透明の歯車が帝都を襲った震災の瓦礫の彼方にうごめき、頽廃の上海の川面には死んだ犬が浮き沈み、己が生み出した虚構の分身と邂逅し、キリストと信仰の物語に心を囚われ、漱石がロンドンでの怪異を語る。河童。ポオ。堀川保吉。ドッペルゲンゲル。鴉。マリア像。歯車。羅生門、藪の中、蜘蛛の糸、西方の人―キリスト。私のキリスト。イギリスの鬼才が芥川文学をコラージュし/マッシュアップし/リミックスして生み出した幻想と不安のタペストリーを、精妙に美しい日本語に移し替えた決定的翻訳。文学的にして音響的、イギリス文学であり日本文学であり、近代文学と現代文学を越境する野心作。

これ、翻訳小説なので、取り上げている芥川の小説は、もちろん元は英訳されたものである。それを翻訳する際、訳し戻しではなくて、オリジナルの芥川の文章を使っているとのこと。だけど、作者自身が英訳版の原文に手を入れたりもしているらしいので、ややこしい、複雑である。訳者としては面倒なシロモノでしょうね。
このデイヴィッド・ピースという作者、かなりねちっこい文体を書くので(ピース節、と言われるらしい)、訳文を読んでいるぶんには違和感なく読めたけれど(でもまあ、その翻訳された文体自体は相変わらずねちっこいけど)、翻訳にはけっこうな苦労があったのでは、と想像する。

ここで取り上げている芥川の小説をほとんど読んでないので、どこまでが幻想なんだか判然とはしない。またキリスト教への傾倒ぶりや、共産主義に対する見方など、「へぇ」と思うところが多い。そして、芥川龍之介という小説家を改めて知りたくなってくる。
それにしても芥川って、苦悩の人だよなぁ。

読了後、ググっていたら著者のインタビュー記事があった。
https://news.goo.ne.jp/article/book_asahi/trend/book_asahi-12305730.html

(作者の顔をはじめて見た。こんな人なのね)



# by t-mkM | 2019-07-04 01:35 | Trackback | Comments(0)