”壊れた英国”の底辺をとおして見えてくるもの

一箱古本市を前にして、今回のテーマでもあるローリング・ストーンズとの出会い(というか再発見)について書いておくかと思ったのだが、…うーん、まとまりそうもない。
なので、先日読み終わったばかりだけど、ひさしぶりに”ガツンとやられた”感が小気味よかった本のことを。

『アナキズム・イン・ザ・UK』ブレイディみかこ(Pヴァイン、2013)

サブタイトルには「壊れた英国とパンク保育士奮闘記」とあって、これがまさに本の中身を表しているのだが、以下はアマゾンの内容紹介から一部を引用。

21 世紀、UK からはワーキングクラスはなくなり、新たな最下層アンダークラスが広がっている。フーディーズは暴れ、街は汚れ、シングルマザーは増加、暴動は起きるし、 社会は混乱し切っている。パンクもアナキストも年老い、ロックに夢見た世代には厳しい現実が広がっている。UK は本当に「アナキー」になった。
そして、こんな時代だからこそ、わたしたちにはセックス・ピストルズやストーン・ローゼズが必要なのだ。

トニ・ブレア以降のUK で保育として暮らしながら、決して日本では報じられることのない「現在」を伝え、どんづまりの世界をたくましく、勇気をもって面白く生きていくための知恵を、底辺を生きる子供たちと接しながら探求する鮮烈な1冊。
web ele-king でもっとも人気のあるコラムニスト/ブロガーの待望の著作集。


著者は96年から渡英し、ダンプの運ちゃんをしているイギリス人のダンナと男児一人とともに、底辺託児所などで保育士をしており、ワタクシと同世代の女性である。web上でのエッセイなどを集めたもので、時期としてはここ10年ほどの間に発表されているが、書き下ろしもけっこう収録されている。

そんなわけだから、読んでいると英国のリアルな現在が垣間見えるのだが、ワーキングクラス、さらにはアンダークラスと呼ばれる人々の生活ぶりは、日本でフツーに暮らしている身には驚かされることばかりだ。
サッチャー元首相の死去にパブで歓声をあげる労働者階級の人々、主義として無職をつらぬく(でも政府からの手当は受ける)おっさんアナキストや老パンクス、有色系の人々に対して噴出するヘイト感情、増える未婚の十代の母、その子供たちの底辺託児所での傍若無人ぶり(F#CK!と連発して周囲の子供へアタックする、とか)、そんな託児所の運営費を切り詰める保守党政権…、などなど。

ま、そうはいっても、いまや日本においても同じような”現実”が迫ってきつつあるように思えるのは、あながちうがった見方とは言えまい。

本書の終わり、「さらば、底辺託児所」というエッセイのなかで、とても印象に残った箇所をかなり長くなるんだけど書き留めておく。

 わたしという人間は45歳になっても全然世の中のことがわかっていないバカたれなのでいまだに学ぶことが多く、底辺生活者サポート施設に出入りするようになってわかったというか、考えるようになったことがあるのだ。
 それは、生活保護受給者や長期失業保険受給者についてとやかく言う納税者たちは、「じゃあお前も生活保護で暮らしてみろよ」と言われたら、絶対に自分はそうしないということだ。なぜなら、彼ら(わたしら)にはそこまで堕ちてはいけないという自覚があるからで「アンダークラスの人間」と世間に見なされたくないという自衛心やプライドがあるからだ。また、国家社会はそれぞれの人間が平等に(税金という名の)責任を負い、イコールな存在として生きていったほうがフェア&クールだ。という個人的信念もあるだろう。
 ならば、それは各人が自分の尺度で「美しい」または「クール」と決めた立ち位置や方向性である。その立ち位置や方向性を選ばない人びとが、自分とは違う考え方をしているからといって、または自分が納めている税金を還元してもらって怠けているからといって、「お前の人生は間違っている」とか「こうして生きろ」とかいって他人を弾圧する資格は誰にもない。
 幸か不幸か(冷静に考えると不幸の割合のほうが大きいが)、わたしはカトリックという宗教の洗礼を受けた。
 以来、まったくそれらしい生き方はしとらんし、戒律に背いて大罪を犯しちまった身なので、ミサに行ったってクライマックスの儀式なんかには参加できない人間なのだが、それでも、この人の「美しい」または「クール」の基準は信用できると思うだけにいまだに捨てられない男にジーザス・クライストという人がいて、この人はむかし、淫らな娼婦を石打ちの刑に処そうとしていた人びとに対し、「自分は自分の人生において何の罪も犯しとらんとマジで思う奴がおったら、この女に石ば投げてんやい」と言ったことで有名である。

 わたしにとって、底辺託児所での日々はその言葉を体験したようなこのだった。底辺託児所シリーズをはじめて、何回か書いた言葉に「その先にあるもの」というのがある。あんたたちは駄目なのよ、駄目なのよ、駄目なのよ。の、その先にあるもの。だ。
 うちの連合いが癌の治療でひいひい言いながらダンプに乗って働いている時に、昼間っから底辺生活者サポート施設にたむろって暗がりで乳繰り合ったり妙な臭いの巻煙草を吸ったりしている健康な生活保護受給者たちを見るにつけ、わたしはそのことを考えていた。
 あんたたちは人間の屑なのよ、カスなのよ。と、私は思うのよ。の、その先にあるもの。
 「それは各人が自分で決めることです」がアニー(レノックス似の託児所責任者)の口癖だった。その言葉を自分の立ち位置にしている彼女は、無色透明の静まり返った水のようだ。来る者は拒まず、去る者は一切追わない。それは各人が自分で決めることだからだ。
 「では、また」といつものように挨拶して、いつものように託児所を出て来た。
(p307-308)

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by t-mkM | 2014-04-18 01:06 | Trackback | Comments(0)
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