2018年 06月 08日 ( 1 )

いつも人生に驚かされていたい

ネットで見かけて面白そうだったので、手に取ってみた。

『さよなら未来 エディターズ・クロニクル 2010-2017』若林恵(岩波書店、2018)

以下はアマゾンの内容紹介から。

「未来」の捉え方を変えることでしか、新しい未来は見えてこない――。テクノロジー、ビジネス、音楽、出版など、世界の最前線に触れてきた気鋭の編集者(『WIRED』元編集長)による、七年間にわたる思索と発信の軌跡を集成。人文知をコンパスに、勇気を胸に、地図なき未来によりよく迷うことを誘う、新しい時代と世界への予感の書。

たしか『WIRED』って雑誌の日本版が出たのは90年代半ば。けっこう鳴り物入りで宣伝されていたように思う、自分でも創刊号を買ったし。それに、まだいろんな雑誌があったし。

それから幾年月。
ネットの普及による影響もあって、雑誌の廃刊が相次ぎ、『WIRED』って雑誌もいろいろ紆余曲折の末、紙メディアでは休刊したことを本書で知った。そんな程度の関心しか持っていなかったワタクシで、じつは著者のことも知らないのだけど、この本はとっても興味深く、面白く読んだ。

500ページを超える辞書のような厚さだけど、多くは『WIRED』日本版に載った短いエッセイでもあり、ポップな装幀とも相まって(?)、読みやすい。が、そこで語られる内容それ自体は、思いのほか目からウロコというか、ふだんはモヤモヤしてスッキリしない感じが付きまとう事柄に対して、意外な角度から焦点をあてて思考をめぐらしていき、考える「ネタ」をあれこれ提供してくれる。

以下、いくつか目に止まった文章から。

 ことばはツールだとよくいわれます。ヒトがことばというものを使うのだ、と。けれども、事はむしろ逆で、ことばというものにヒトは使われているのかもしれません。ことばとはなにか、ということを一生懸命考えるときに、わたしたちがことばを使ってそれをやっている以上、わたしたちは囚われの身にすぎないのではないか。
(p253)

 自分がこうやって文章を書いているとき、ことばというものを通して自分のなかに入ってきた「社会」と対話しているのだ、と言われるとたしかにそうかもという気がする。特定の個人や、あらかじめ外在化された「社会」と対話するのではなく、「ことば」と対話することで自分のなかに「社会」が立ち上がってきて、それと対話する。カッコつけているように聞こえるかもしれないけど、それは、間違いなくなにかを書いているときの実感に近い。このときことばは単なる道具なんかではなく、対峙し対話すべき「社会」そのものなのだ。
(p257-258)

『ヒトラーに抵抗した人々』(對馬達雄、中公新書)は、ナチスの圧政に逆らってユダヤ人の逃走を手助けしたり、抗議運動をしたり、反ナチのクーデターを画策した「ふつうの市民」の姿を描いた本だ。そのなかに、教育者としてしられたアドルフ・ライヒヴァインという人物の、11歳の娘に宛てた手紙が紹介されている。ナチスに処刑される直前に書いたものだ。

 いつでも人に親切にしなさい。
 助けたり与えたりする必要のある人たちにそうすることが、
 人生でいちばん大事なことです。
 だんだん自分が強くなり、楽しいこともどんどん増えてきて、
 いっぱい勉強するようになると、
 それだけ人びとを助けることができるようになるのです。
 これから頑張ってね、さようなら。お父さんより

 本号で取材した英国のブリットスクールという音楽学校は、音楽の技術や才能なんかよりも、生徒たちの優しさを育むことがなによりも大事だとしている。「Be Kind, Be Original」がこの学校のメッセージだ。「優しさをもて、勇気をもて」、そして音楽がよりよいものとなるよう助け合い、冒険せよ。それが「学び」の価値であり評価の指標である、とそれははっきりと謳っている。
(p282~283)

 自分のニュースフィードからデータを読み取って「最適な情報」だけを取捨選択して吐き出してくれるサーヴィスがもたらす効果は「フィルターバブル」と呼ばれるが、そこで問題となるのは、自分に最適化された選択環境のなかでしか選択が与えられなくなることで、自分の志向や指向や思考が一定方向へと狭められ、そこから抜け出せなくなることだ。ビッグデータとアルゴリズムがはじき出した「予測」のもたらす作用を、手厳しい論者は「確率という名の牢獄」とすら呼んでいる。
(p485)
 最適化ということばには、現状をひたすら肯定し、ただ補強していくだけのような響きがある。未来の価値が現在との差分に宿るというのが本当なのであれば、「演算された未来」というフィルターバブルのなかには、薄まり先細っていく「現在」しかない。そこでは誰も、なにも成長しない。飛躍もない。驚きもない。未来そのものが奪われているのだ。
(p486-487)


ながなかと引用してきたけど、最後にもう一つだけ。

 そう。で、驚いたことにメジャー・レーザーのキューバ公演を追った『GIVE ME FUTURE』っていうドキュメンタリー映画を観てたら、映画に登場するあるキューバ人女性がまったく同じことを言ってるの。「わたしは人生に多くを期待はしない。むしろいつも人生に驚かされていたい」って。
−−へぇ、面白い。
 イリイチは晩年に「「未来」などない。あるのは「希望」だけだ」って言い遺しているんだけど、これも、なんだか似たようなことを言っているようにも思えて。未来に期待をして、予測をして、計画をしていくことで、ヒトも人生も、開発すべき「資源」や「材」とされてしまうことにイリイチは終生抗い続けたんだよ。
(p509-510)


ほかにもメモしておきたい箇所がいろいろあるんだけど、それはぜひ本書で。


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by t-mkM | 2018-06-08 01:42 | Trackback | Comments(0)