人気ブログランキング |

<< お知らせ>> 古本Tの活動、など

(通常の日記はこのエントリの下から始まります)

◆ 鎌倉「ヒグラシ文庫」での常設棚 ← 2018/5/20で古本販売は終了しました。

 2011年5月末より7年間、どうもありがとうございました。
 (お店は変わらず、営業中。古本T以外の本の販売も継続中)


# by t-mkM | 2019-12-31 23:59 | Trackback | Comments(0)

読んでみた『泥の銃弾』

上下巻の文庫本。現在の東京が舞台のサスペンスのようで、書評家の大森望氏が、どこかの雑誌で推薦していたこともあり、手に取った。

『泥の銃弾(上・下)』吉上亮(新潮文庫、2019)

4月の新刊で文庫オリジナル。
読もうと思った理由のひとつには、『PSYCHO-PASS GENESIS』シリーズを書いた作家の新作、ということもある。
以下はアマゾンの内容紹介から。上が上巻で、下が下巻のもの。

都知事、狙撃──。新国立競技場で起きた事件は日本を震撼させた。誰が。なぜ。狂騒の中、日就新聞社会部の天宮理宇はチームを率いて真実を追うが、捜査は唐突に打ち切られる。「犯人はクルド人難民」その警察発表は国策として難民を受け入れた日本において、瞬く間に浸透した。結論ありきの手法に違和感を覚えた天宮は社を去るが……。この国の未来を予見する圧倒的エンターテインメント!

「都知事狙撃事件の真犯人、その正体は……」新聞社を辞め、フリ ーの記者となった天宮理宇の告発は、ウェブを介して拡散し、世論が動き始める。だが、それは隠された秘密の一端に過ぎなかった。事件の鍵を握る男、アル・ブラク。シリアからの難民。メディアを牛耳る新聞王。すべての過去が繋がったとき、新国立競技場に再び銃声が鳴り響く。この国の“危機” を描く、怒濤の長篇サスペンス!


下巻の方が厚くて、値段もちょっと高い。
ま、それはいいんだけど、新聞記者からフリーのジャーナリストとなった天宮を中心に、上巻まではしだいにサスペンス度が上がっていくし、下巻に至って途中でさしはさまれる当事者の目線によるシリアでの戦争(というかほとんど内戦)の描写には、息がつまるようなシーンの連続ではある。

また、難民をめぐる日本政府の対応や、それを2020東京オリンピックと絡めて小説にするところなど、目のつけどころとしてありそうでなかった視点だし、舞台が現在(から2020年)の東京なので、リアル感も増している。

…なんだけど、下巻も後半になってくると、アクションシーンの迫真さが増すほどには、主要人物の心情や思考がいろいろ展開していくさまに、いささかついていけないものを感じてくる(のは私だけだろうか?)。

ふと、『本の雑誌』2019年8月号の「特集:2019年 上半期ベスト1」をパラパラみていたら、この『泥の銃弾』もランクインしているのだけど、この本を推薦した人の弁で、「後半になると構成が洗練されていないというか…」とのコメントがあって、まあそうかもねぇ、とも感じた。

著者の熱量が十二分に感じられるものの、それがうまく読み手には伝わってこないもどかしさが、最後まで残るんだよなぁ。それがちょっと残念ではある。

蛇足だけど、たとえば難民をめぐる問題に関してEUでの教訓などから今後の日本ではどうすべきか? などを考えるのに、最後の参考文献リストは重宝するかも。


# by t-mkM | 2019-09-13 01:32 | Trackback | Comments(0)

東京JAZZに行ってきた

ずいぶん前にチケット取ったと思っていたけど、もうその時期である。

東京JAZZ Festival。毎年、NHK-FMで中継されているし、それなりに気にはなっているイベントではあるんだけど、これまで、なんとなく行ったことがなかった。
それで、今年は行ってみようということになり、チケットのいいお値段ぶりにやや引きつつも、出演者のラインナップから、9月1日(日)昼の部を購入した。
出演者は以下の通り。

12:30~
チャールス・ロイド "Kindred Spirits"
featuring ジュリアン・ラージ(g)、ジェラルド・クレイトン(p)、 ルーベン・ロジャース(b) and エリック・ハーランド(ds)

30分の休憩を挟んで、

14:20~
カマシ・ワシントン

会場のNHKホール、初めて入ったけど、昔ながらのコンサートホールって感じでそれなりに年季がはいってるけど、奥ではアルコールも飲めるし、そこそこゆったりしていていいのでは。ただ休憩の際、男性のトイレがやたら混んでいたけど。
お客さんの入りはほぼほぼ満席の感じ。それにしても、人気があるんだなぁ、東京JAZZ。

東京JAZZのツイッターをのぞくと、当日のセットリストが出ていたので、とりあえずメモしておく。

チャールス・ロイド "Kindred Spirits"
1. Dream Weaver
2. Defiant
3. Lift Every Voice And Sing
4. Hyperion With Higgins
5. Requiem For Kiyoshi Koyama San
6. Booker's Garden

カマシ・ワシントン
1. Show Us The Way
2. Malcolm's Theme
3. The Psalmnist
4. Truth
5. The Space Travelers Lullaby
6. Fist of Fury

カマシ・ワシントンは、同行するメンバーがどこにも載っていないなぁ、とは思っていたんだけど、公式サイトを見たらメンバーが掲載されていたので、こちらもメモしておく。
リッキー・ワシントン(fl, s.sax)、ライアン・ポーター(tb)、BIGYUKI(key)、ロナルド・ブルーナー Jr.(ds)、トニー・オースティン(ds)、マイルス・モズレー(b)、パトリス・クイン(vo)

前半のチャールス・ロイドの新しいバンド、そもそも寡黙な人なのか、メンバー紹介もせずに、淡々と演奏が進む。81歳だそうだけど、若手のメンバーを従えた演奏はけっこうアグレッシブ。テナーサックスのほか、フルートも吹いていた。
途中でバラード調の曲があると思ったら、セットリストによれば日本のジャズ評論家・故児山紀芳さんへの追悼曲だとか。とくに個人的な交流があったんだろうか。

一方、後半のカマシ・ワシントンは総勢8人のバンド。とりわけドラムが2セットというのは迫力があり、音の圧が違う。それに負けないくらいの多彩な演奏を繰りひろげていたマイルス・モズレーのベースが印象的だった。このモズレーがバンドをまとめているよう。
チャールス・ロイドとは違い、カマシ・ワシントンは所々でメンバーを紹介し、短いながらも音楽への?思いを語っていた。(よくわからなかったけど)

お客さんの多くはこちら、カマシ・ワシントンが目当てだったようで(我々もそうだけど)、最後はスタンディングで応えていた。それくらい、NHKホールというオオバコにふさわしい熱量あるライブだった。

以下は参考にメモ。

デイリースポーツ/Yahoo! ニュースから
「東京ジャズ閉幕 C・ロイド、C・コリアの両巨匠が健在ぶりをみせつける」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190901-00000151-dal-ent


# by t-mkM | 2019-09-05 01:01 | Trackback | Comments(0)

開高健のエッセイ集

先日、近所の図書館に行ったら、開高健のベスト・エッセイ第2弾が出ていたので、借りて読んだ。

『葡萄酒色の夜明け (続)開高健ベスト・エッセイ』小玉武編(ちくま文庫・2019)

第2弾が出るだけあって、パラパラ読んでいても面白い。
で、ノン・フィクションに関して持論を語っているところが目に留まったので、以下にメモ。

…ノートやマイクにたよれば正確な報告を書くことができるけれど、竜を描いて眼を入れないことになりがちである。そこで私としては、竜の体はいささか精密ではないかもしれないけれど私が眼だと思うものについては全力を投入することにしたのである。事実として、数字や日付や地名や人名などの背後にひそむものさえとらえられるなら、前面にあるものはあとでひとりでに追っかけてきてくれるものなのである。そして、書くにあたってもっとも必要なことは偶然性であり、細部である。女の髪の匂いであれ、水田のほとりの農民の死体であれ、右の眼は非情、左の眼は多感、固定観念をいっさい排して、現実に接しなければならない。固定観念の灯の下で書くことはさほどむつかしいことではないけれど、シャッターをひらきっぱなしのカメラ・アイを持つこと、見たものを見たままに写しとっていくことは至難中の至難と知っておかねばならない。それにまた、”事実”を知るということはじつに容易ならぬことではあるけれど、事実を知っただけでは現実はけっして紙のなかにたちどまってはくれないのだということもわきまえておかねばならない。何事かがそれにプラスされてはじめて現実は後姿なり前姿なりをちらと紙のなかに見せてくれる。こう並記してみると、ノン・フィクションを書くのはフィクションを書くのとほとんどおなじ心の操作を経るものであるとわかる。究極的にはそれは心による取捨選択の結果生まれるものなのであるし、文字を媒介にするしかないものなのであるから、ノン・フィクションはあくまでもノン・フィクションであると知っておきながら同時にそれはフィクションの別の一つの形式なのだとも知っておかねばなるまい。そこをわきまえたのと、わきまえてないのとでは、結果においてたいへんな相違がでてくる。
(p123-124)


# by t-mkM | 2019-09-03 01:45 | Trackback | Comments(0)

「ミュージック・マガジン」9月号

いつもとは違い、いま出ている雑誌から、ということで。

『ミュージック・マガジン』2019年9月号
特集:マイルス・デイヴィス
特集:創刊50周年記念ランキング⑧ 50年のジャズ・アルバム・ベスト100

マイルスのほうは、1985年録音の未発表アルバム『ラバーバンド』がリリースされるのに合わせた80年代マイルスを振り返る、というもの。

で、もう一つの特集が気になって久しぶりに購入したんだけど、創刊50周年ということで、対象となるのは1969年~2018年のアルバム。
発売中の雑誌なので、ランキングは本誌を見てもらうとして、栄えある?1位だけを紹介しておくと、オーネット・コールマン『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』。

以下、「へぇ、こんなアルバムがこのランキング!?」といった感じで、知らないアルバムも散見され、なかなか面白かった。なかには「このアルバムがジャズの範疇で扱われるているんだ」という”発見”もあったりして。
ランキング結果に関し、評論家の村井さんと柳樂さんが対談しているんだけど、冒頭での柳樂さんの発言、「中村とうようが降臨してる感じ」には笑った。
まあでも、そんな感じではある。

ランキングに参加した音楽ライター個々のベスト30選も(字が小さくて読みずらいけど)載っているので、日頃、参考にしているライターの方が選出したアルバムと、今回のランキング結果とを見比べてみるのも面白そう。


# by t-mkM | 2019-08-28 01:48 | Trackback | Comments(0)

第10回すみだストリートジャズフェスティバルでのライブ

先週末、上のイベントに行ってきた。
「行った」とはいえ、目当てである出演者(バンド)は一つで、8月17日(土)のトリフォニーホール・大ホールでのトリであった、BIG3トリオ(鈴木勲、スガダイロー 、本田珠也)。

イベントの公式サイトは→ https://sumida-jazz.jp/sj/
BIG3トリオの紹介は→ https://sumida-jazz.jp/sj/player.html?bn=6238

今年で10回目というこのイベントも、トリフォニーホールへ行ったのも、このトリオを聴いたのも、すべて初めて。
地下鉄を錦糸町で降りて地上へ出てみると、この暑さをものともしない?演奏が聞こえてくる。そしてけっこうな人だかりで、そうした盛況ぶりは、いくつか目にした各会場でもそんな感じ。地元に定着した音楽イベントということか。
そしてトリフォニーホール。ステージ向かって正面に大きなパイプオルガンがデーンと据えてあって目を引くし、会場の内装もなかなか凝っていて、贅沢なつくりのよう。
BIG3トリオの前が綾戸智恵率いるバンドだったようで、会場からまとまった人々が出てくるのだけど、いやまあ、たくさんいること。しかも物販のサイン会があるようで、2階へ続く階段にまで長い行列が。いやー、綾戸智恵って人気あるのね、と改めて認識させられた。

BIG3トリオの演奏は16時からスタート。
それに先立って、ステージ上で行われていたサウンドチェックから見ていたのだけど、この広いホールにPAで音を行き渡らせるってのは、けっこう難しいのかも、などと感じたり。

鈴木勲氏(司会からはオマさん、と呼ばれていた)、御年86歳だとか。いやオドロキ。衣装こそ赤いガウン?のようなものをまとって、アタマもヒゲも真っ白だけど、演奏している姿からは、まったくそんな年齢を感じさせない。なんせ今回のステージ、曲が「終わるのかな?」と思っているとそうではなく、再び熱いインプロビゼーションに突入する、という感じの繰り返しで、結局、最後までぶっ続けで演奏していた!! ベースなので、そう動かないとはいえ、86歳でその体力、集中力というのもすごい。

ドラムの本田珠也氏。ちょっと変則的なドラム・セッティングなのかな?とも思ったが、どうなんだろう。穴あきのシンバルを使っていたり、演奏の途中でハイハットの音をひろうマイクを移動させたりしていたのも、印象に残る。

それからピアノのスガダイロー氏。
だいぶ前に行った渋さ知らズのライブで、彼がグランドピアノを弾いていたのだけど、その時の演奏ぶりがアナーキーだったので、よく覚えている。それ以来、気にはなっていたのだが、久しぶりに演奏を聞いた。この日の座席は、彼の演奏する背中を正面に見る位置だったけど、低音から高音まで、鍵盤の上を両手が(体も)よく行き来することよ。はては高音から低音に向かい、繰り返し指を滑らし、ちょうどパーカッションで使われるウィンドチャイムのような伴奏をしていたのが目を引いた。

アンコールは「What a wonderful world」で終了。

途中、ちょっと3人の息が乱れた感もあったりしたけど、どうなんだろう、このトリオ、じつはスゴイのでは。いやぁもう、聴きに来た甲斐があったというもの。
こんな演奏が無料で聴けてしまうのだから、東京というところ、なかなかの都市だと思いましたね。

で、この夜、錦糸町からフラフラと散歩をしていたら、超ひさしぶりにレインボーブックスさんと遭遇したのだけど、それはまた別の話し。



# by t-mkM | 2019-08-21 01:25 | Trackback | Comments(0)

ちょっと前に出た雑誌から

定番のエントリですが、今回取り上げる雑誌は『月刊みすず』2019年7月号。
(雑誌というより、出版社のPR誌という位置づけかと思うけど、これ、立派?に雑誌といっていいのでは)

精神分析家の藤山直樹氏による「精神分析家、鮨屋で考える」という連載が断続的に掲載されていて、今回はその4回目。
タイトルは「修業することと生きること」。
以下、その修業に関わるところで、目に止まった箇所を抜き書き。
 基本的な手順や素材がどの店も概ね同じであり、そのことが客にとって遮るものなく見えており、何の秘密もなさそうに見える。このことが江戸前の食文化にとって、極めて重要なことである。だがあれほどあけっぴろげに見えるにもかかわらず、そこにはけっしてたどりつけない秘密がある。それが客をいやがうえにもときめかせ、惹きつけるのだ。その秘密を自分の手の内に入れ、さらに新しい秘密を生み出すことができるようにするのが、修業というものである。
(p17-18)

 修業は単なる研修や訓練とは違う。思うに、訓練や研修は「自分」、大雑把に言えば「主体」というものを問題にしていない。つまり、それらを受ける自分、主体に何らかの変容が生じることを前提にはしていない。主体をそのままにして、研修ならば何らかの知識を、訓練ならば何らかのスキルを付け加えることが目指されている。だが修業は違う。修業は「自分」をそのままにしておくことを許さない。研修や訓練が足し算であるのに対して、修業には引き算の側面がある。つまりそれまでの自分のありかたの一部を喪うことを前提にしている。より正確にい言えば、そこにあるのは足し算引き算といった線形の量的変化ではなく、質的な変化である。言い換えれば、自分のなかにミクロなあるいはマクロな破局を起こって、その壊れた部分が別のありかたで修復されて別のものになる過程の連続である。ちょっと硬い言葉になってしまったが、つまるところ、修業を経験したら、その人間はもう元の人間ではいられない。自分のものの見かた、考えかた、生きかたが変わってしまう。そして、自分のパーソナルな生の感触、自分や世界に対する感じ方考え方が根本的に変わる可能性があるのである。
(p18-19)

 スキルの獲得から修業が始まらない。それはある意味とても理不尽なことである。入門したばかりの前座に噺を教えず、入ったばかりの弟子に鮨の握り方を教えない。それは一見、修業にとって逆効果のような印象さえ与える。しかし、私の考えではそこに深い意味がある。それによって、スキルさえ手に入れば一人前になれるのだという錯覚が防止されるのである。
(p21)

 鮨屋にせよ、落語家にせよ、修業に付きまとうある種の理不尽は、それが単なるスキルや知識の獲得でないということの徴である。そこでは直線的に合理的にものごとが進んでいかないことを示している。それはまさに人生と同じである。人生も理不尽である。納得もしないままにこの世に生まれてきてしまった私たちは、納得もしないまま特定のカップルの子どもになり、特定の国で生き、特定の言語を話すことになる。修業が理不尽なのは、それが人生を相似だということである。
(p22)



# by t-mkM | 2019-08-08 01:53 | Trackback | Comments(0)

もう一つの芥川賞受賞作

ということで。

『ニムロッド』上田岳弘(講談社、2019)

第160回芥川賞受賞作。
同時受賞の町屋良平『1R1分34秒』と同じく、2つの受賞作が掲載された「文藝春秋」2019年3月号で読んだ。もちろん選評も。

以下はアマゾンにある内容紹介から。

それでも君はまだ、人間でい続けることができるのか。 あらゆるものが情報化する不穏な社会をどう生きるか。仮想通貨をネット空間で「採掘」する僕・中本哲史。中絶と離婚のトラウマを抱えた外資系証券会社勤務の恋人・田久保紀子。小説家への夢に挫折した同僚・ニムロッドこと荷室仁。やがて僕たちは、個であることをやめ、全能になって世界に溶ける。すべては取り換え可能であったという答えを残して。

アマゾンのカスタマーレヴューを見ると、意外と評価が低い。全体の1/3は星一つだし。
けっこう厳しいんだなぁ。ワタクシ的には面白かったけど。

作中で3つのエピソードが並行して進むところが、全体としてとっ散らかった印象を与えてしまうという面はあるかもしれない。ラストで恋人がどうなったのかもよくわからないし。
その一方で、ビットコインを扱っているという部分を差し引いても、「いま」を強く感じさせるし、後半のスケールはなかなか壮大でもある。

産経ニュースのネット記事によれば、選考委員の奥泉光氏から本作に対して次のようなコメントがあったそうだ。

人類が積み重ねてきた営為がもう終わってしまうかもしれないことへの愛惜がにじむ作品だと感じました
https://www.sankei.com/life/news/190116/lif1901160042-n1.html

たしかに、そうも言えるかな。
第160階の芥川賞、2作受賞で、それぞれに(ワタクシにとっては)面白く、また新しさを感じさせる小説でありました。



# by t-mkM | 2019-07-31 01:50 | Trackback | Comments(0)