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『PSYCHO-PASS(サイコパス)』アニメ・シリーズ1を見て

先日、小説『PSYCHO-PASS GENESIS』1から4巻を読んだというエントリを書いた。
http://tmasasa.exblog.jp/27855431/

で、気になっていたアニメ・シリーズの「1」を、22話すべて、遅ればせながらようやく見た。
いや、面白かった。見応えがあった。

まあアニメだし、人によっては物語に入る以前の段階で、登場人物の女性が少女マンガのように目がデカい(全員ではないが)など、キャラクターの描き方からしてついて行けない場合もあるかもしれない。当初、ワタクシもそんな気がしたが、見続けると、これはこれで登場人物のキャラ造形にも意味があるように思えてきた。
ま、その辺は見ていれば慣れるし。

後半になってP.K.ディックの名前が出てきたりするけど、このアニメでの都市の描写など、まるで映画「ブレードランナー」である。もっと言うと、今年公開された『ブレードランナー 2049』のLAの映像を、数年前に日本のアニメが先取り的に描いていた、とでも言えようか。

『PSYCHO-PASS GENESIS』との関連でみると、アニメで描かれるエピソードや全体的な世界観といったものを、『PSYCHO-PASS GENESIS』はうまく取り込んんだうえで、『PSYCHO-PASS(サイコパス) 』前日譚としてノベライズしていたことが、よく分かった。
…てなことを思っていたら、すでにfinalventさんがそのあたりを書評としてエントリ挙げている。今さら気がついたけど、ちょっと面白い指摘もあるので、以下にリンク。
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2017/12/psycho-pass-gen.html

そうかぁ、やはり『PSYCHO-PASS GENESIS』の後半はアニメ・シリーズ2と関連しているのか。となると、『GENESIS』をすべて読んだ以上、これはアニメ・シリーズ2のほうも見なければなるまい。

ところで、finalventさんは上記の書評の最後で、日本国憲法をシビュラ・システムになぞらえて比喩的に語っているのだが、かつて加藤典洋が言ってさまざまな物議を醸した「国民として日本国憲法を選び直す」といったことを想定されているのだろうか?
突き詰めて考えると興味深い視点かな、と思えてくるけど、時間が無いのでこのあたりで。


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by t-mkM | 2017-12-28 01:40 | Trackback | Comments(0)

シリーズ長編第5弾の『機龍警察 狼眼殺手』を読んだ

ぜひとも続きが読みたい! と思わせる数少ない小説のひとつ、『機龍警察』シリーズ。
その最新作である長編第5作を読んだ。

『機龍警察 狼眼殺手』月村了衛(早川書房、2017)

『ミステリ・マガジン』に連載されていたもの。
図書館に予約していて、ようやく回ってきた。(続きが読みたいなら買えよ、ってもんだけど…)
以下はアマゾンの内容紹介から。

経産省とフォン・コーポレーションが進める日中合同プロジェクト『クイアコン』に絡む一大疑獄。特捜部は捜査一課、二課と合同で捜査に着手するが何者かによって関係者が次々と殺害されていく。謎の暗殺者に翻弄される警視庁。だが事態はさらに別の様相を呈し始める。追いつめられた沖津特捜部長の下した決断とは――生々しいまでに今という時代を反映する究極の警察小説シリーズ、激闘と悲哀の第5弾。

このシリーズ、物語の背景として、国際テロ組織の日本国内への流入からはじまって、北アイルランドをめぐるテロ組織の抗争、ロシアンマフィアによる武器売買のブラックマーケット、チェチェン紛争の裏側などなど、リアルに進行する国際情勢とも絶妙にリンクしていて、それゆえか「至近未来小説」とも称される。

これまでのシリーズ長篇との最大の違いは、特捜部が擁する最新鋭の兵器、機龍兵(ドラグーン)による機甲兵装のアクション・シーンが全く出てこない、という点だろう。
アクション、というか戦闘場面については、後半からラストに至るなか、それこそ息が詰まるような死闘が描かれるのだけど、生身での戦闘シーンであって、機龍兵の出番はまったくない。それでも、物語としての密度、熱量、情報量は、シリーズ中でも白眉、いや、もっとも大きいと言ってもいいか。

なかでも驚きは、特捜部長である沖津の謎めいた部分の背景が、(少しだけ)明らかにされるところか。また、長篇2作目『機龍警察 自爆条項』につづいて、凄腕テロリストであったライザ・ラードナー警部の内面がさらに掘り下げられる箇所も読みどころ。とはいえ、特捜部の面々はそれぞれに活躍どころが割り振られ、さらに捜査一課、二課との合同捜査が展開するなど、群像劇としての警察小説という側面が強く出ていることも、今作で強く印象に残る。
そして、財務捜査官や国税庁の役人といった新キャラクターを登場させているのも、シリーズものとしてはなかなかニクい演出。この財務捜査官が、出納記録やらのデータ(数字)の山と格闘して容疑者の行動を洗い出すシーンは、これまでにないパターンだけどなじみやすくて、「こんな描き方もあるのか」と新鮮だった。

今回、「敵」の輪郭がさらに見えてきた感じではあるので、次作ではこの辺がさらに突っ込んで描かれることになるのか。
早く続きが読みたい。


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by t-mkM | 2017-12-26 00:51 | Trackback | Comments(0)

『葛城事件』と『クリ-ピー 偽りの隣人』

このところ自宅で見たDVDのなかで、印象に残ったもの2つを書いておく。

まずは『葛城事件』。
以下はアマゾンにあるDVDの内容紹介から。

『その夜の侍』赤堀雅秋監督の待望の第二作目。人間の愚かさを描き、観る者の心を鋭く抉る濃密な人間ドラマ。
抑圧的で思いが強い父親。長男はリストラされ孤立。妻は精神を病む。
次男は無差別殺傷事件を起こし、死刑囚に。
そして、死刑反対の立場から次男と獄中結婚した女ー。
壮絶な、ある家族の物語。


たしかに「壮絶な、ある家族の物語」ではあるんだが、それはあくまでも結果であって、この映画で描かれる一家は、もうホントに、日本中どこにでもいる(いた)ような家族である。その家族が、どうしてここまで壊れてしまえるのか?
建て売りとおぼしき家族の一軒家を中心にすえ、時間軸を行き来しながら、説明的なセリフや映像ではなく、日常的なエピソードを積み重ねていって、家族が自壊していってしまう背景が描写されていく。

いやもう、ホント、イヤーな映画である。
「二度と見たくない」というコピーも、見終わってみれば、その通り! と思えるほどだ。
「いい人」が誰一人出てこない。登場する人物のだれもが、どこか欠落しているというか、良くも悪くも小市民的で、言ってみればゲスな感性がにじみ出てしまっており、自分自身の見たくない部分をあちこちで「これでもか」と可視化されているような感じで、居心地悪いことこの上ない。

主人公である一家の父親を演じるのは三浦友和。この、彼の演技がスゴイ。役者「三浦友和」を再認識させられる。タイトルの『葛城事件』というのは、つまり、この一家で起こることは、すべて父親たる彼の存在、言動に由来するものだ、ということなんだろう。(ま、でもこの家族、若かりし父親の意思とは裏腹に、初めから家族としての体を成していなかった、というのが明らかになってしまうところも、ホント、イヤーな感じで、見ていて辛いところでもある)

で、もうひとつ『クリーピー 偽りの隣人』。
こちらもアマゾンにあるDVDの内容紹介から。

黒沢清監督が手掛けた、西島秀俊、竹内結子、香川照之主演によるサスペンススリラー。犯罪心理学者の高倉は未解決の一家失踪事件を調査していた。ある日、高倉は最近妻と引っ越した家の隣に住む、奇妙な家族と事件の繋がりに気付いてしまい…。

結論からいうと、アマゾンにある両作品のDVD商品のカスタマー・レビューによる星の平均数とバラツキが、おおむねワタクシの感想を言い当てている。

黒沢清監督の映画を見るのは、じつはこれが初めてかもしれない(よく憶えてない)。黒沢清作品というのは観る人を選ぶのか、この映画も傑作であるという評価を聞くのだが、どうも「乗れなかった」のだ。
あくまでも映画なんだから、リアルな描写がいいとか望ましいとか、そんなふうには思わないのだが、それにしてもちょっと「これはどうよ!?」的な描写が目につく。筆頭は、出てくる警察があまりに無能であることか。また、サイコパスな謎の隣人に支配される、その隣家のありようや、その隣人の触手が主人公の妻にも及んでくるところなども、突っ込み所がいくつも目についてしまい、映画の初めから「乗れない」要因でもある。

ストーリーに絡む映像的な見所はいくつかあるとは感じられたし、所々で「絵」として語りかけるかのような描写も印象的。とりわけ、サイコパスな隣人を演じた香川照之の怪演ぶりは強烈でもある。またラストで主人公の妻(竹内結子)が号泣する場面も、相当な熱演だとは感じられるのだが、けれども、それまでの数々の違和感が解決されないので、いまひとつ響いてこない。

『葛城事件』と『クリ-ピー』、どっちも現代日本を描いている、と言えるように思うのだが、両者を強引にも比較してしまうと、『葛城事件』のほうが10倍はインパクトがあると思えた。


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by t-mkM | 2017-12-20 01:15 | Trackback | Comments(0)

『PSYCHO-PASS GENESIS 1~4』を読んでみた

半月ぶりのエントリ。
時間が過ぎるのはあっという間だなぁ。

年度末あたりに職場の引っ越しを控えており、このところ移転に関連する契約など事務手続きがあれやこれやと降ってきて、それらに追われている。
自宅の引っ越しもたいへんだけど、職場となると、(あたりまえだが)自分だけでは完結しないし、それでなくても違った面倒がドッサリあって、ストレスではある。ま、でも、それらもようやく山を過ぎつつある。

そんな状況でも本は読むので、このところ連続して読んだ本について、ちょっと書いておく。

『PSYCHO-PASS GENESIS 1~4』吉上亮 原作=サイコパス製作委員会
(ハヤカワ文庫JA、2015~2017)

以前、finalventさんという、かつてのアルファ・ブロガー(ってすでに死語か)の方が、「PSYCHO-PASSが面白い」というツイートをしていたのを見て、「へぇ」と思い、アタマの隅に引っかかっていたので、ためしに図書館で借りだして読んでみた。

とはいえ、『PSYCHO-PASS サイコパス』はもともとTVドラマのシリーズもので、そちらは見ていない。そして『PSYCHO-PASS GENESIS』は、GENESIS=創世記ともあるように、TVシリーズの前日譚らしい。
そんな、予備知識がかなり不足しているなかで読んでも、はたして面白いと思えるのか?(じゃ、TVシリーズのDVDを借りて見ればいいじゃん、なわけだけど、面倒だし…。その点、本はお手軽だ)、やや不安ではあったけど、これがけっこう面白かった。

『PSYCHO-PASS サイコパス』について、説明していると長くなるので、ストーリー設定やあらすじなどはウィキペディアを見てもらうのが手っ取り早いかも。
https://ja.wikipedia.org/wiki/PSYCHO-PASS

『PSYCHO-PASS GENESIS』は、本編の舞台である2112年から遡り、21世紀半ばから末という設定。
前半の1、2巻が、本編シリーズにも登場する執行官・征陸智己(まさおか ともみ)が主人公で、『PSYCHO-PASS サイコパス』の主要な概念でもある「犯罪係数」に焦点をあてた、言ってみれば家族や絆の物語。
そして後半の3、4巻は、人間の精神状態や性格を数値化する「精神色相走査 サイマティック・スキャン」技術と、それをもとに社会を統治しようとする大規模演算処理ユニット「シビュラシステム」の正体をめぐり、主人公である厚生省の捜査官・真守滄(まかみ そう)と、テロ組織から切り捨てられた少女・衣彩茉莉(いざや まつり)とが絡みあいながら、展開していく。

後半に入ると、ストーリーの盛り上げ(煽りというか)が、ちょっと過剰でしつこい感じがしてくるものの、『PSYCHO-PASS サイコパス』を見ていないワタクシにも、その世界観というのか、倫理観の変遷とでもいったありようが、いまどきの現実世界ともリンクしているように思えて、いろいろな意味で興味深かった。

省庁間の覇権をめぐる争い、「PSYCHO-PASS サイコパス」=精神色相を安定に保つことを最優先とする社会、シビュラシステムによる「理想」の監視社会、等々。これらは今でも形こそ異なるものの、じつはすでに現実になりつつあるのではないか? 日々の様々なニュースに接していると、そんな感じを抱くのだが、どうだろう。このシリーズで、ストレスにさらされた人間の「色相が濁る」という表現がよく出てくるのだけど、これなど、「メンタルヘルスが悪化する」とほとんど同じだし。
そして、物語全体を通じてバイオレンスの度合いがじつに色濃いところなども、今どきではある。

本腰?をすえて、TVドラマのシリーズを見てみたい。


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by t-mkM | 2017-12-14 01:04 | Trackback | Comments(0)