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ヒグラシ文庫での古本販売を終了

昨日は午後から鎌倉へ。
ヒグラシ文庫へ行って、精算と本の撤収作業。「在庫一掃セール」はいまひとつだったようで、ダンボール2箱に本をつめて、郵便局から発送した。

以下、店内に掲示してきた文面を、ここにも貼っておきます。



7年間 ありがとうございました

古本T 店じまい



 ヒグラシ文庫(鎌倉)がオープンした直後、2011年5月末より店内で古本を販売してきましたが、このたび、諸般の事情により、古本の販売を終えることにしました。
 この7年間、歴代の古本担当の方々をはじめ、ヒグラシ文庫のスタッフの皆さんにはたいへんお世話になりました。
 そして、古本Tの棚からお買い上げいただいたすべてのお客さまに、あらためて感謝いたします。
 7年間、ありがとうございました。

 末筆ながら、ヒグラシ文庫のますますの繁盛を祈念いたします。


2018年5月20日
 古本T






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by t-mkM | 2018-05-21 01:59 | Trackback | Comments(0)

ヒグラシ文庫・鎌倉にて古本セール中!

ヒグラシ文庫・鎌倉が開店したのは2011年4月。
そのすぐあと、5月下旬から古本Tは店内の棚をお借りして、古本の販売を行ってきました。
以来7年にわたり、古本販売をつづけてきましたが、このたび、諸事情につき古本の販売を終了することになりました。

で、ただいま在庫を一掃するべく、「全品200円!」セールを実施中です。
スリップにある値段に関係無く、すべて200円!!

気になっていた本、買いそびれていた本、などなど、この機会にぜひお買い求め下さい。

セールは5月19日(土)まで。

鎌倉へお越しの際には、ヒグラシ文庫へ。
皆様のお越しをお待ちしております。

どうぞよろしくお願いいたします。



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by t-mkM | 2018-05-15 01:24 | Trackback | Comments(0)

静岡でSPAC『マハーバーラタ』を観る

静岡県舞台芸術センター(Shizuoka Performing Arts Center : SPAC)という団体がある。
最近になって知ったのだけど、すでに20年以上の活動歴があるそうだ。で、このSPACが、このところ毎年「ふじのくに せかい演劇祭」という催しを行っており、その内容はタイトルどおり、海外からのゲストを招いての演劇から、SPAC自身の舞台、そして静岡市内各所において無料で楽しめる若手によるパフォーマンスなどが一体となった舞台芸術祭、なんである。

詳しくはこちらを。
http://festival-shizuoka.jp/

それで、この連休中、静岡まで出かけていって、「ふじのくに せかい演劇祭」の一環で、SPACが行う公演を観てきた。

『マハーバーラタ ~ナラ王の冒険~』
公演日時:5月3日~6日 18:50開演
会場:駿府城公園 特設会場
http://festival-shizuoka.jp/program/mahabharata-malacharitam/

静岡駅で下りたのは15年ぶりくらいか。もはや、あんまり憶えてないけど、駿府城公園に行くのはこれが初めて。
この日は市中のメインの通りでサンバカーニバルなんぞもやっていたようで(演劇祭とは関係なさそう)、そのカーニバル自体を観たわけではないけれど、けっこうな人が出ていた。
またこの日、終始、風が強かったのには閉口したけど、まずまずの天気で、野外演劇を観る身としてはひと安心。

早めに静岡に着いたので、SPACの公演に併せて駿府城公園で行われていた、総監督・宮城聡も出演するトーク・イベントにも耳を傾けた。司会は中井美穂だった。

陽も落ちる頃、空が夕焼けで赤く染まってきれいな中、チケットの番号順に整列し、会場へ入場。
座席の周りをぐるっと360度囲む円形の舞台、前方に楽器がおかれ、ここで生演奏されるんだな、と分かる。ただ、分かるのはそのくらい。果たしてどういう舞台になるのか(すでに何度も上演されている演目らしいけど)。

上のサイトにある作品の解説に、

王家の熾烈な争いを軸とした古代インドの国民的大叙事詩のなかで、最も美しいロマンスといわれる挿話『ナラ王物語』。争いの絶えない俗界に咲く花のような物語を、宮城聰は「平安時代に伝わっていたら・・・」という大胆な着想のもと、絢爛豪華な舞台絵巻に昇華させる。

とあるように、はじまりで平安絵巻を思わせるような白装束の女性たちがつぎつぎと登場する。と、後方からの照明により、彼女たちの陰が、舞台正面の木々に浮かび上がり、移り変わっていく。日没を待つワケはこれだったか、と思うほどに見事な演出。特設舞台が一気に幻想的な雰囲気に包まれる。

先のトーク・イベントでも触れられていたけど、役を演じる者と、セリフを話す者とが分かれている。冒頭、登場した神々と、その神々のセリフを話す女性が別々にあることに(しかも、やや説明的なセリフが連続するもので)ちょっと乗れなかったけど、それも物語が進んでいくなか、不思議と違和感なく感じられるようになる。
強引に言ってしまえば、生演奏付き絢爛豪華な舞台付き講談、といった感じなんだけど、楽器を演奏する者たちの立ち居振る舞いも含め、演出が行き届いていることが随所で感じられる。

ときおり吹く強い風のためもあって、なかなか寒いなかでの観劇とはなったものの、野外ならではのスケールでの演出を堪能した2時間だった。

反面、ちょっと整い過ぎというか、キレイにまとまり過ぎな感じも。せっかくの野外舞台なんだし、も少しハメを外した演出があってもいいのかな、とも思った。(この辺は自治体からの助成を受けているからなのか?)
また、マイクを使わないことや生演奏など、"生音"にこだわっているようだけど、強風の野外ではときおり聞こえにくいこともあり、いっそPAを通した「爆音バージョン」公演というのもあるのでは。

ま、何だかんだ言いながらも、静岡まで観にきた甲斐があったと十分に思わせる舞台だった。


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by t-mkM | 2018-05-11 01:08 | Trackback | Comments(0)

『上を向いてアルコール』を興味深く読む

著者である小田嶋氏がアルコール依存症を患ったことがあるのは知っていたので、この本も興味深く手に取った。表紙もなかなか凝っている。

『上を向いてアルコール 元「アル中」コラムニストの告白』
小田嶋隆(ミシマ社、2018)

以下はアマゾンの内容紹介より。

「50で人格崩壊、60で死ぬ」。医者から宣告を受けて20年——
なぜ、オレだけが脱け出せたのか?

「その後」に待ち受けていた世界とは??
壮絶! なのに抱腹絶倒

何かに依存しているすべての人へ

アル中は遠くにありて思うものです。
山にかかる雲と同じで、その中にいる人には、なかなか気づくことができません。
一度、雲の外に出てみないと、視界が確保できないからです。
私の告白が、雲の中で苦しんでいる仲間にとっての蜘蛛の糸みたいなものになったら良いなと思っています。
まあ、私はお釈迦さまではないわけですが。
(告白─ 「まえがき」に代えて より)


アマゾンのレビューを見ると、面白いことに、総数は少ないものの、賛否が完全に分かれている。星5つと星1つだけで、その比率2:1。それほど極端な内容ではないように思うのだが。

人はなぜアル中になるまで飲むのか?
依存症一般に言えることだと思うが、依存症でない人には、「どうしてそこまで飲むのか(食べるのか、やるのか)?」というのは、謎である。何か深い理由があるんだろう、たとえば憂さを晴らすために飲むといった歌はたくさんあるし…、などと思う。けれども、著者に言わせると、まず飲んじゃったが先にある、理由は後付け、なんだそうだ。

これは裏返せば要するに「誰でもがアル中になる可能性がある」とも言える。
いやまあ、ワタクシも他人事ではない。

前半で描かれる、著者がしだいにアルコール依存の深みにハマッていき、身体の不調が表にあらわれてくるところなど、文章のノリはよくて軽いものの、なかなか壮絶である。足がむくみ、スネを指で押すと指が埋まるなんて、にわかには信じがたい。

また、依存症を克服するために(だけではないけど)何かを我慢する、というマインドセットでは、人間、持って半年なんだとか。何かを我慢するというのは、それくらい無理があるそうだ。だから、生活を一からプランニングしていって、「アルコールのない生活」というのを確立しなければ、アルコール依存からは抜け出せないそうで、それには「知性」が必要だとも。
著者は、主治医からこの言葉を言われたそうだけど、いろいろと考えさせられる。

最後のほうで、タバコを止めたのは、ほぼいいことづくめだったが、アルコールはそうではなく、トータルではよいことが多かったものの、アルコールのない生活で失ったものも確かにある、と書いている。たとえて言えば、4LDKの家で2部屋だけ使って住んでいるような感じ、だそうだ。つまり、残りの2部屋は「開かずの間」ということになる。
これはこれで喪失感というか「もったいない感」があるよなぁ。

この本、すでに依存症である人には効かないかもしれないけど、アル中に片足つっこんでいる憶えがある人や、その自覚がうっすらとでもある人には、いろいろ有益ではないでしょうか。
まあ、自戒をこめて。


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by t-mkM | 2018-05-09 01:13 | Trackback | Comments(0)