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ちょっと前に出た雑誌から

今回は文芸誌の『文学界』2018年12月号から。

この号では「書くことを「仕事」にする」という特集が組まれており、その最初に東浩紀氏のインタビュー記事「職業としての「批評」」が載っている。
ゲンロンという会社を興して様々な活動を行なっている東氏だけど、このインタビューでは、それらの活動を通じて得た、現時点での「批評観」というものが語られていて、興味深く読んだ。

以下、印象に残った箇所を2つ引いておく。

…いまこの瞬間ファストフードを食べてポルノを見て日々何も考えずにハッピーに生きている人であっても、人生においては必ず、それだけではやっていけなくなるときが訪れる。哲学は批評はそんなときのためにある。だから、いまこの瞬間においてはマイナーであっても、どんな人でも人生において一回はそこに立ち寄るという意味では、哲学や批評はメジャーであるという風に視点を切り替えることこそ重要です。
(p20)

ーー東さんにとっての哲学や批評は、あくまでも属人的かつ個人的なものであり、定冠詞つきの”ザ・哲学”や”ザ・批評”といったものは存在しないということでしょうか?
東 そうです。哲学的知性は人格抜きには定義できないと思う。それは人生や歴史と言ってもいい。ですから、ぼくが新たに始めるスクールはもちろん知識の伝達もおこないますけど、そこは本質ではありません。受講者のみなさんがどういう「批評」を発現させるかは、それぞれのコンテクストすなわち人生に依存する問題であり、ぼくにできるのはただ発現の可能性を高めることだけです。教育とは本来そういうものでしょう。
(p23)


このほか、武田砂鉄氏が、ライターとしていまに至るきっかけとなった『beatleg magazine』のコラム記事にまつわることを書いた「15日のbeatleg」が面白かった。ここで語られている雑誌のことはまったく知らないけど、人に歴史あり、って感じかな。



by t-mkM | 2019-01-29 00:45 | Trackback | Comments(0)

見落としていた傑作『ローズ・アンダーファイア』

なにがきっかけだったか、もはや覚えていないけど、図書館に予約していた本がようやく届いたので読んでみた。

『ローズ・アンダーファイア』エリザベス・ウェイン/吉澤康子 訳(創元推理文庫、2018)

同じ著者による前作『コードネーム・ヴェリティ』の姉妹編だそうで、登場人物もダブっているけど、独立した物語とのこと。この『コードネーム・ヴェリティ』、2017年にけっこう注目された小説だったようで、同年のベストテン企画にも上位に入っているほどなんだけど、いやぁ、知らなかった。

以下はアマゾンにある内容紹介から。

1944年9月。飛行士のローズは、戦闘機を輸送する途中でドイツ軍に捕まり、ラーフェンスブリュック強制収容所に送られる。飢えや寒さに苦しみながら苛酷な労働に従事するローズ。収容所で出会った仲間と生き延び、窮地を脱するための意外な方策とは―。戦争に翻弄される女性たちの絆と闘い。日記や手紙で構成された、先の見えない展開の果てに待つ圧巻の結末が胸を打つ傑作!

主人公のローズ、18歳の女性。アメリカ人でありながら、イギリス軍の補助航空部隊に所属し、飛行機の輸送に携わっている。つまり、戦闘機乗りではない飛行士、ということ。
で、このローズが輸送中のトラブルが引き金でドイツ軍に捕まり、そうこうしているうちにラーフェンスブリュック強制収容所(女子の収容所)に入れられてしまう。

このラーフェンスブリュック強制収容所は実在したもので、著者のあとがきによると、収容所の中での記述はほぼ事実とのことで、様々な記録や証言集を読み込んで書いたらしい。(巻末には参考にした資料の出典も載っている)

中盤、ローズがこの収容所に入れられてからの日常や、周囲の囚人たちの様子や同室の囚人たちとの交流、また収容所の職員(もちろんナチスの一員)たちの言動や行動に翻弄されるさまなど、文字どおり、死と隣り合わせの、明日には処刑されるかもしれないという理不尽な緊張感に晒される日々が、ホント、見てきたかのように描写される。
フランクル『夜と霧』やプリーモ・レーヴィのアウシュビッツ体験記もズシンと来たけど、この本でのラーフェンスブリュック収容所の描写は、別の意味でさらにリアルだ。

この収容所には、いろんな国のいろんな女性が入れられており、数カ国語が飛び交いながらも、生き延びるため、同室や周囲の女性たちと様々にコミュニケーションを取り、協力し合う。加えて、職員、囚人という関係だけでなく、囚人どうしの間での重層的な関係なども詳しく描かれていて、彼女たちの内面までがヒシヒシと伝わってくる。

また、仲間とともに脱出したのち(この脱出の場面も冒険小説のようではあるんだけど)、ナチスによる強制収容所を断罪する裁判が始まり、脱出した彼女たちは証言台に立つよう要請されたり、他の場所でも強制収容所での体験を語る機会を得たりする。…なんだけど、中途で声が出なくなったり、当時の体験がフラッシュバックされて出廷できなくなるなど、このあたりは「むう」と唸るほかなく、強く印象に残る。

かといって、暗く重い内容かというと、そんなことはなくて、バラエティに富んだ登場人物のおかげもあって、トーンとしてはむしろ爽快とも言える。そして後半に至っての、飛行機が飛ぶときの必要条件とも絡めた構成が凝っており、ラストの場面ともリンクしていて、とてもウマい。
また、本書では詩があちこちに出てきて、重要や位置を占めている。小説では珍しいように思うけど、主人公のローズも”詩人”としての側面が強調されてもおり、作中でのローズの詩の使われ方も効果をあげている。

読み終わってからも、内容が後を引くというか、アタマに残り続ける小説だ。
もう一つの『コードネーム・ヴェリティ』も読んで見なくては。



by t-mkM | 2019-01-24 01:18 | Trackback | Comments(0)

映画『蜘蛛の巣を払う女』を観た

『ミレニアム』シリーズ第4作目の実写映画化。
1作目『ドラゴン・タトゥーの女』のデヴィッド・フィンチャー監督によるハリウッドでのリメイク版を見て以来、続編を楽しみにしていたのだが、いきなり4作目とは、ちょっと驚いた。

以下は「映画.com」にある解説。
https://eiga.com/movie/89322/

世界的ベストセラーのミステリー小説「ミレニアム」シリーズの第4作を映画化。デビッド・フィンチャー監督&ルーニー・マーラ主演でシリーズ第1作を映画化した「ドラゴン・タトゥーの女」に続く物語となり、主人公のリスベット役をテレビドラマ「ザ・クラウン」や映画「ファースト・マン」などで活躍するクレア・フォイが演じ、監督を「ドント・ブリーズ」で注目されたフェデ・アルバレスが務めるなど、メインスタッフ&キャストは新たな顔ぶれに。前作を手がけたフィンチャーは製作総指揮に名を連ねている。特殊な映像記憶能力を持つ天才ハッカーで、背中にあるドラゴンのタトゥーが特徴のリスベットは、AIの世界的権威であるバルデル教授から、図らずも開発してしまった核攻撃プログラムをアメリカ国家安全保障局(NAS)から取り戻してほしいと頼まれる。依頼を受けて陰謀の裏を探っていたリスベットは、やがて16年前に別れた双子の姉妹カミラの存在にたどり着き、カミラが仕かけた罠にはまってしまう。

TOHOシネマズ日比谷の、新しいビルではなく地下の劇場にて。
いまだ『ボヘミアン・ラプソディ』が大きな劇場で上映され続けているためか、隣の小さな方での上映なのがやや残念。

原作はずいぶん前に読んでおり、骨格以外のストーリーは覚束ないままだったけど、それは杞憂で十分に楽しめた。
なお、以前に読んだ第4作目の簡単な読後印象は以下に。
https://tmasasa.exblog.jp/26434024/
(これを読み返すと、「ハリウッドでの映画化も、第2作と第3作をすっとばして、次はこの第4作で映画化を、という話しだとか」と書いている。全然覚えていない…)

冒頭の、リスベットとカミラが小さい頃のシーンからして、掴みは十分、という感じ。現代に戻ってからは、けっこうややこしいストーリーをナレーションやセリフではなく、畳みかけるようなスピーディな映像の連続で見せていくところなど、デヴィッド・フィンチャーが関わっているなぁ、と思わせる。情報量の捌き方がウマい。

後半になると俄然、アクション・シーンが続いていく。ただまあ、リスベットの人間関係など、原作をどれか1つでも読んでないと、ちょっと分かりにくい箇所もあるのでは。また、最新ハイテク機器を駆使した反撃の様子は、説明不足なのも否めない。(後から「そういうことか」と気がついたり)でもまあ、それらは些末なことではあるので。

ラストの姉妹の対決シーン、シリーズ第3作まで読んだ印象からは、ここでのリスベットの反応は「そこまで?」と言いたくなる感じで、カミラの圧倒するような存在感が強いのだけど、まあ次の話の展開上、これは致し方ないのかも。
また、このラストシーンはもちろんのこと、全編にわたって映像がスタイリッシュできれいなのが印象的である。

原作シリーズを全く未読だと、ちょっとついていけない部分もあるだろうけど、原作を読んでいる身としては、堪能させてもらった2時間であった。
なお、原作の小説は内容うろ覚えなんだけど、原作の展開とは違っているよね? そもそも、今回の邦題『蜘蛛の巣を払う女』って、日本語翻訳版の小説タイトルであって、映画の原題「THE GIRL IN THE SPIDER'S WEB」だと「蜘蛛の巣の中の少女」になるわけで、逆でしょ。まあ、今回の主軸はカミラに置いた、ということか。

ということで、文庫になった第5作『復讐の炎を吐く女』を読まねば。

(ちなみに、映画が始まる前、相方が言うに「いつもより本を読んで待っているお客さんの率が高い」とのこと。まあ『ミレニアム』シリーズを4作目まで読むと、分厚い文庫8冊分だし、そういう傾向のお客さんが見に来ているのだろうな)


by t-mkM | 2019-01-23 01:15 | Trackback | Comments(0)

賀正 正月早々に高橋和巳を読んだ

新年、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


カレンダーの並びから、今年の年始は7日からという人が多いと思うけど、ワタクシも昨日から通常どおりに仕事。

この年末年始、いつも以上に遠出をせず、近場で過ごした。
昔々はこの時期に”スペシャル感”があったけど(ま、お年玉の影響は大きいが)、それも勤め始めてからは年々弱くなっていき、今年はさらに一層、その感が弱くなっている気がした。一定の休みが取れるのはいいのだけど、勤めている身としては、どっちかというと、あらゆる祝日や年末年始休暇などは無しにして、その代わり週休3日にしてもらえるといいかも、なんて思ったり。


このところ、図書館に行っても読みたいような本が見当たらず、ウロウロして年末にこんな本を借りて来たので、ヒマにまかせて読んでいた。

『日本の悪霊』高橋和巳(河出文庫、2017)

以下はアマゾンにある内容紹介から。

60年安保闘争下の京都―刑事・落合は強盗容疑者・村瀬を単独で調べ始める。特攻隊員として国家のために死を決意しながら生き残った刑事と、八年前の戦後激動期に革命の尖兵として火炎瓶闘争から殺人にもかかわった容疑者。執拗に容疑者の過去を探る刑事の胸に、いつしか奇妙な共感が…ミステリアスな展開のなかに、民衆・個人と権力、“罪と罰”の根源を問う著者の代表的大作。

確かにミステリーな要素もはらみつつストーリーが進んでいくけど、謎は最後まで明らかにならない。史実を題材にしているらしいけど、観念的な文章が多い。しかも改行の少ない、黒っぽい字面がつづき、分量は500ページを超える。
なんだけど、読みはじめると、時には眠気をもよおすことがありながらも、読んでしまう。このあたりは、著者の小説の摩訶不思議な力である。

当時の留置場における陰惨な感じ、村瀬の複雑な生い立ち、革命を目指す党派での武装闘争の内実…、と行った村瀬の辿って来た経験が、刑事である落合の過去と対比するかのように交互に描かれていく。いま読むと、差別や偏見かと思うような記述もチラホラあり、問題無しとは言えないだろうけど、復刊されるだけのワケがあるように感じる。

巻末の解説で若い詩人の方も引いていたけど、最後にある、
死が生にとって最も恐ろしいことなのではなく、死から拒まれてあることこそが、もはやいかなる言語によっても表明できぬ恐怖なのであることを。
という一文が印象に残る。



by t-mkM | 2019-01-08 01:18 | Trackback | Comments(0)