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大阪へ行ってきた

先週後半、22日(金)に休暇を取り、久しぶりに2泊3日で大阪へ行ってきた。

今回利用したのは、ネットで見つけた安いパックツアー。新幹線で「東京ー新大阪」を往復するよりも安いくらいの値段で、新幹線往復とホテル2泊がついている。探してみれば、安いツアーってあるのね。これはなかなか魅力的。

相方が京都で知り合いに会う、というのに合わせ、そこに「太陽の塔」内部の観覧をセットした今回の大阪行き。まあ、ワタクシとしては、大阪行きの目的の半分は、酒場めぐりだったりするワケですが。

で、今回はJRの大阪環状線にある京橋駅にほど近いホテルに泊まったため、必然的にその周辺で呑んだ。呑んだ帰りに電車で帰るのがかったるいこともあるけど、この京橋駅界隈にめぼしい酒場がいろいろあったこともある。
朝9時からやっている「丸一屋」、ネットで検索すれば必ずでてくる「京屋本店」、立ち飲みでいつも賑わっていた「岡室酒店直売所」、行ったのはこの3店。どれもチェーンではなく、地元感溢れる、居心地のいい店だったなぁ。とくに「京屋本店」には2日続けて行ったら、店の人に顔を覚えられていた(笑)。

ふり返って、なぜ東京では朝から飲める酒場で、「ここ」というのをあまり聞かないのだろうか?
もちろん、無いワケではないけど、エリアとしては上野、浅草、新宿あたりに限定され、なおかつ店の数もごく限られているように思う。一方、大阪・京橋という限定された区域ですら、朝から飲める個性的な店の充実ぶりときたら。

酒場の話はこのくらいで、メイン・イベントの「太陽の塔」について。

ウチの親父は大阪万博へ行ってたように記憶するんだけど、ワタクシ、万博記念公園に行くのも、太陽の塔を見るのも、今回が初めて。しっかしまあ、太陽の塔、そのデカいこと。いま見ても圧倒的な存在感。万博当時のインパクトたるや、さぞかし大きかったろうと想像される。
今回、太陽の塔をナマで見ただけでも、大阪へ来た甲斐があった、とさえ思ったな。

で、内部の見学だけど予約制で、いろいろと制約があるので、詳しくは公式サイトを。
https://taiyounotou-expo70.jp
ちなみに費用については、まず万博記念公園へ入るのに250円、さらに太陽の塔の内部を見学するのに700円かかる。また内部の見学自体は、人数限定の完全予約制で、上まで階段で登って、見て、30分ほどで終了する。これまで内部が公開されてこなかった理由、また公開後も人数が限定されているのは、おそらく建築基準法上の制約なのではないか。

この太陽の塔、外観も圧倒的だけれども、その内部もまた独特の世界観に彩られた、目をみはるような空間が広がっている。中央にそそり立つ「生命の樹」。の樹には、古代に生息した三葉虫が枝(幹だったか)に張り付き、生命の樹を上に向かうにつれて、年代が上がっていき、途中では大型恐竜が枝の上で咆哮をあげていたり、翼竜が飛んでいたり、一番上の方ではゴリラが鎮座していたり、類人猿が枝にぶら下がっていたりする。つまり、生命の発生から人類の誕生までが一本の樹をぐるりと巡って見られる、というもの。

案内のお姉さんたちによる解説がなんともさらっと平板だったのがちょっと残念ではあったけど、バックに流れる黛敏郎の作曲による「生命の賛歌」の壮大で深淵なるBGMとも相まって、強烈な印象を残す。(なお、受付のお姉さんに聞いて確認したところ、この音楽のCD販売は無いとのこと)
岡本太郎は「太陽の塔」を制作するに至る意図を語らずに亡くなったらしいけど、彼がこの「太陽の塔」に込めた強烈な思いは、”制作意図”なんていうせせこましい考え方を超えて、50年経ったいまでも十分に感じられる。
いやあ、すごいね、岡本太郎。今回の大阪行き一番の収穫である。

続いて行ったのは、国立民族学博物館。
こちらは入館料420円。

じつは太陽の塔の予約時刻が13時半だったので、午前中から万博記念公園に来て、国立民族学博物館の常設展を見ていたのだけど、いやもう広大なる展示スペースでして、まだ展示の半分くらいを見たところで「太陽の塔」の見学へと行かざるを得なかった。

国立民族学博物館は当日に限りで出入り自由なので、もちろん、「太陽の塔」見学の後でも残る半分の展示も見たわけだけど、次第に疲れてくるのと、(年のせいか?)興味を持続するのがなかなかしんどいのとで、後半はいささか見学しながらもバテ気味に。
いやもう、好きな人であれば一日中というか2日間ほどは十分に楽しめること請け合いの、すごい物量の展示スペースである。すげえな、みんぱく。

最終日は、せっかく京橋駅で大阪城公園のお近くにいるのだからと、大阪城にも行ってみた。
こちら、観光客でめちゃ混みだったけど、その半分以上は海外からの観光客。天守閣への見学ルートもチケット売場に行列してて、並ぶ気にもならない。
そんな行列を横目に、大阪水上バス・アクアライナーの大阪城港が近いので、そこで昼に出るクルーズ便を予約。
http://suijo-bus.osaka/guide/aqualiner/
中之島の淀屋橋まで行って戻ってくる約1時間のコースで、これがなかなかよかった。水上バスに乗ると、水面すぐ上のところに目線が来るのが水上を滑っているかのような感覚。普段では見られない視点、角度から眺める大阪の街並みが新鮮であった。

てなぐあいで、前回巡ったミナミとはまた違い、以外に王道の大阪観光になった感じ。
近いうち、また訪ねて見たい。



by t-mkM | 2019-03-27 01:24 | Trackback | Comments(0)

最近、聴いたCDから

本関連や舞台の話しか書いていないように思うので、ちょっと趣向を変え、この間、図書館で借りてきたCDの中から、印象に残ったものを以下、順不同で。

『ノルダブ/NORDUB』スライ&ロビー meet ニルス・ペッター・モルヴェル(SMJ、2018)

ニルス・ペッター・モルヴェルは北欧(ノルウェー)のトランペットの人。以前、ECMからでた作品を聴いて、エレクトリック・マイルスの影響を感じさせつつ、そのミュートした音が強烈に耳に残ったけど、ここでもミュート・トランペットは印象的。「ダブ」という形式はよく知らないんだけど、全体の響きは違和感なく融合している感じ。


『ブロンディ・フォーエヴァー:グレイテスト・ヒッツ・デラックス・リダックス/ゴースト・オブ・ダウンロード』(2枚組)ブロンディ(Hostess Entertainment、2014)

バンドの40周年を記念した、オリジナル・アルバムとしては通算10作目。
『グレイテスト・ヒッツ』の方は新録のようで、『ゴースト・オブ・ダウンロード』が純然たる新作。
40年ともなると、デボラ・ハリー(今ではデビー・ハリーという表記なのかな)の声も低くなっているけど、往年のヒット曲は色褪せることなく、今でも十分、かつてのNYパンク、ニューウェーヴと言われたころを思い起こさせる。ランニングのお供として、重宝している。
またブロンディの新作なんて、実に久しぶりに聴いた気がするけど、いまどきの様々な音を取り入れつつ、ロックとして聴かせるところが耳に残るかな。


『Get Lost』(紙ジャケ仕様)マーク・マグワイア(p*dis、2011)

以下は「CD Journal」にあったミニ・レヴュー。

米オハイオ州クリーブランドの電子音響バンド、エメラルズのマーク・マグワイヤ(g)のソロ・アルバム。エレキ、アコギ、ギター・シンセサイザーというシンプルなセットで制作された本作は、牧歌的なムードを漂わせたような、スケールの大きなアンビエント作品に仕上がっている。

エメラルズは知らなかったけど、マーク・マグワイヤという名前は聞いたことがあったので、借りてみた。初めて聴いたけど、これは面白かった。
レヴュアーの言うとおり、アンビエントと言ってもスケールの大きく、壮大さをも感じさせるような広がり感。
他のソロ作も漁ってみようと思う。


by t-mkM | 2019-03-15 01:21 | Trackback | Comments(0)

『東大闘争の語り』という本を読んだ

最近出た新書を読んだ際、最後のところで肯定的に言及されているのを見かけたので、「これは」と思い、さっそく図書館にリクエストしたところ、間をおかずに来たので、さっそく読んでみた。

『東大闘争の語り 社会運動の予示と戦略』小杉亮子(新曜社、2018)

やはり60年代から70年代初頭にかけて盛り上がった学生運動を総括する書として、以前、同じ版元から小熊英二による『1968』という2000ページにも及ぶ上下本が出ていて、そちらも(寝ながら読むのに苦労したけど)だいぶ前に読んだ。
『1968』は、当事者へのインタビューなどを一切せずに、当時に出されたビラや声明、関連する書籍などの文字情報だけを元に分析したものだった。それゆえか、当事者へ聞き取りをしないことなど、いろいろと批判されていた。

一方、こちらの『東大闘争の語り』は、新左翼、ノンセクト、共産党・民青など、各派の44名からけっこうじっくりと聞き取り調査を行い(数年間かかっている)、その上で独自の視点で当時の東大闘争の内実にまで入り込んで分析を行なった労作。
まあ『1968』も大変な労作だと感じたけど、この『東大闘争の語り』も、とても読みごたえがあった。著者の博士論文を元にした、言ってみれば学術書ではあるんだけど、まず、読み物として面白く読めたのは、ちょっとした驚き。

60年代後半の学生運動というと、必ずといっていいほど69年1月の安田講堂における全共闘の「攻防戦」にまつわる映像が出てきて、講堂を封鎖した学生が屋上から火炎瓶やらを投げる姿などが映る。これに後年の連合赤軍の顛末なども加わり、「跳ね上がった学生が無茶をした挙句の転落、末路」みたいなことでまとめられる。著者の意図は、そういう否定的なイメージを打破して、今に受けつくべき教訓や遺産を引き出すことも目的の一つだったよう。

で、多くの「東大闘争」当事者の方々から、その生い立ちにまで遡る聞き取り調査を実施した上での分析を通じ、「予示的政治」という概念を抽出したことで、その意図はそれなりに成功しているのではないか。

大部な著作なので、簡潔に語るのが難しいけど、本書のメインの内容をまとめた箇所が、最後のところで目についたので、引いておく。

 次に、東大闘争の展開過程では、多元的アクターの分極化が生じた。この時期、大学執行部の交替、日本共産党の方針転換、ストライキ反対派学生の組織化、”外人部隊”の導入と学生間の暴力的衝突など複数の要因によって、闘争終結に向けた動きとそれに対抗する動きが加速し、対立が激化していった。このとき、左翼学生運動文化の延長線上で、学部や学科単位で自生的かつ自発的に抗議活動が組織されており、また、少なくとも全共闘派には統一方針や明確な指揮系統は存在しなかったため、どの立場にいる参加者にも全体状況の見通しがきかないほど混乱を極め、不確実性が高まった。
 しかし同時に、多元的アクターたちが闘争に参加し、相互作用を繰り広げたことによって、それまでにはなかった社会運動の新たな行動原理や組織形態が生み出されもした。それが、ノンセクト・ラディカルの学生運動だった。ノンセクト・ラディカルたちは、とくに民青や新左翼との相互作用から、大目標のための手段として運動を位置づけることへの強い批判意識と、ヒエラルキカルな運動組織ではなく、全員参加での合意形成が可能な小集団への関心を醸成していた。また、制度変革よりも、ミクロな社会関係や自らも含めた人びとの態度・認識に社会問題や権力関係の表れを読み取り、社会変革の重要な側面として位置づける志向性も形成していた。純化された予示的政治志向を帯びたノンセクト・ラディカルの学生運動は、戦略的政治志向の民青系学生や新左翼系学生には理解しがたいものだった。
(p408)

これまで、いわゆる60年代後半の学生運動ものをいくつか読んだけど、全共闘が「自己否定」や「大学解体」を叫ぶのはまだ分かるものの、占拠していた安田講堂にあくまでも立てこもり、なぜ機動隊と一戦を交えるまでに至るのかがよく分からなかった。けれど、この『東大闘争の語り』を読むと、わずか1ヶ月ほどの単位で情勢が激変していく中、ああいう流れはもはや制御できないもので、「どう散るのか(負けるのか)が大事」みたいな感情もあり、必然だったのもしれないなぁと、なんとなく腑に落ちたように思えた。(にしても、個々のレベルで失うものは大きかっただろうが)

歴史の評価として、また『1968』の視点を相対化するものとして、個人的にはとても興味深く読めた。

参考:
対談:小杉亮子 X 福岡安則
東大闘争が問うたもの 己の生き方を今問うために
『東大闘争の語り 社会運動の予示と戦略』(新曜社)の刊行を機に
https://dokushojin.com/article.html?i=3350



by t-mkM | 2019-03-13 01:35 | Trackback | Comments(0)